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旅の空から
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エジプト・シリア・ヨルダンの旅:2005年5月21日〜30日
★旅の空から「シリア編」2005年
★旅の空から「ヨルダン編」2005年
誤字脱字など含めた校正は後日に行いますが、気が付いた方もお知らせ下さいませ。ミンメイ

2005年05月29・30日(日・月)晴れ、33℃
セント・カテリーナ(シナイ山)〜スエズ運河〜カイロ〜成田空港

今日は朝5時に目覚ましで起きた。準備をしていると5時半にモーニング・コールが来た。「30分遅れて来たね〜」などと言っていたら、叔母が「あら、今日は5時半モーニング・コールで6時半に荷物出し、7時出発だったわ」と言う。「そんなぁ〜・・・けんちゃんに昨日5時モーニング・コールって言っちゃったわ。電話してみる」「モーニングコールで〜す。あのね〜、昨日30分間違って言ったみたい。5時に起きたの?」「え〜っ、本当に?5時に起きちゃいましたよ」けんちゃんごめんなさい!6時半からオープンしてもらったレストランへ最後のお味噌汁などを持って行った。ご年配の方々にサービスして喜ばれた。中でも前にお茶など差し上げた方がお礼にとバラのつぼみを下さった。パリのフョーションで販売している物なら日本で手に入れると両手の中に入る量で980円。それがスークで大きなビニール袋1つで2ドルと言ってらした。そのバラの蕾は紅茶などのティーカップに浮かべて楽しむもの。嬉しい!秋にはオランダで購入して、増えて困っていると言うチューリップの球根「ベツレヘムの星」を送ってくださるとおっしゃっているし・・・いいお友達が出来た。いただいた御名刺でご主人はドクターとわかった。熊ちゃん、Shioriちゃんもやって来たので、お味噌汁を飲んでもらう。7時にバスで出発して、道中カイロからお迎えに来ていたガイドさんからいろんなエジプトの話を聞く。道中の「語り」は初めてかもしれない。エジプトの国際的な立場やアラブ諸国との微妙な関係など、興味深く聞くことが出来た。今走っているシナイ半島を取られたり、取り返したり・・・アラブ人の地図にイスラエルと言う国はないらしい。未だにイスラエルを認めていないと言うのだ。市役所勤めの方は月収は日本円で10000円ほどで、生活できないので、夜はタクシー運転手やウェーターなどとアルバイトをしている・・・庶民の生活も興味深い。8時半にはモーゼが民を引き連れてシナイ山へ行く途中で立ち寄ったと言われるオアシスにバスが止まった。べドウィンの可愛らしい女の子がやって来た。皆で写真を撮り、叔母がバスへ取りに戻ったキャンディーをあげるととても嬉しそうだった。遠くにはママらしき人がいた。バスが来るとこの子はママに言われて寄ってくるのだろうか・・・。こんな時にお金を上げていいものか悩むところだ。ヤギも数頭いたので撮影に成功。10時半にトイレストップをした。そこでは紅海のTシャツがあったので、2枚購入。1枚6ドルと言われたが、「2枚で10ドルにしてぇ〜」とお願いして、間とって「11ドル」になった。生地はしっかりしていてこのデザインとこの値段は納得。ダイバー憧れの紅海だから、そんな友達へのお土産にしたい。フト見るとShioriちゃんはビールをグイグイ飲んでいた・・・。「アイン・ムーサ」モーゼの泉に到着した。外はかなり暑くなっていた。12個の井戸が今は2個のみと言う。松ノ木の奥には紅海が広がっていた。その松ノ木が「アッラ〜」と読めると言うがおばちゃんたちが「アッラ〜マァ〜」と言って笑っている・・・神を冒涜しているような気がするが・・・。目だけを出して後はすべてベールの下に隠している女性と何度か写真撮影をお願いしたが拒否されていた。しかし、ここのお土産屋さんの女性はOKと言うので、散々撮ってから最後に1ドル(高いとは思ったが)ブルーのブレスレッドをチップ代わりに買った。12時10分にはスエズ運河の手前でバスが止まった。横を見ると砂漠を大きな船ががスイスイと進んでいるのが見えて驚く。徒歩5分でその砂漠の奥にある運河に到着。1869年に完成して、1956年には国有化された。思ったより広かった。横でドクターが「思ったより狭いねぇ〜」と言っている。その方の基準の違いで発言が変わるのを確認。添乗の仕事で驚くような発言をする人がいるけど、このようなことではないかと気が付き、いいお勉強になる。ここでもけんちゃんがシェーする写真を撮り、「ジャンプして、運河に落ちたら面白いのに」なんて、言うと、シェ〜したままジャンプしてくれた。熊ちゃんもShioriちゃんも私も・・・6人より周りの方々が今日までどれだけ恥ずかしい思いをしたか・・・思うと可笑しい。バスで移動しながら、ウトウトしていたらカイロへ入ったようで建物が上に高くなり車の数も多くなっていた。14時20分、見覚えのある看板と赤と白のストライプの外観のアメリカでよく見かける「FRAIDAY`S」でランチだった。チキンとポテトを美味しいハインツのケチャップで食べた。あまりにもレストラン内はクーラーが利き過ぎて寒く、我慢できなくなってウェイターさんに「デザートはテラスでもいい?」と言って、6人は外のテラスへ出た。T/Cさんのことを考えると本当にわがままで嫌なグループだったかも。16時半にはカイロ空港へ到着して、ガイドさんとお別れしてチェックインへ行く。バラバラの席がアサインされていたので、T/Cさんが「ボーディング・パスはこのまま持っていらして、席はこちらへどうぞ」と6人の席を横へ並べて指定して下さった。カイロ空港の2階の奥にイスがたくさんあり、コンセントの差込口もあったので、皆の荷物を見張りながら、「旅の空から」更新を続ける。そのうちShioriちゃんが帰って来て「熊に乗らないの?」「あ〜、そうだったわね〜、熊ちゃんに乗った写真」を撮らせてもらった。これでミステリーツアークイズのそえぞれの正解がすべて出揃った・・・。結局、機内では素早い判断と行動で6人分の4席か3席独占出来る席を確保。食事は残しておいた小型のカップ麺を食べて、後はすぐに皆爆睡。忙しかったが毎日充実していて、とっても楽しかった10日間。大きな怪我も病気もなく帰国出来て、皆に感謝している。ノリノリけんちゃんがいたからきっと楽しさも倍増したのかもしれない。それにお付き合いした熊ちゃんShioriちゃんもやる時はやるよっ・・・と言うノリがまたいい。叔母達にもいろいろと気使っていただきありがとう!Kさんも「また行こうね〜」って言ってお帰りだったし、大勢でどうなるかと思ったけど、お誘いして良かったと思っている。またけんちゃんにあの韓国帰りのように成田空港で「皆でシェ〜やりましょうよぉ〜」と言われはしないかとドキドキしていたけど、すんなり税関を抜けてホッとした。熊ちゃん&Shioriちゃんは車でお帰り。バス待ちの間に無線LANにアクセスして掲示板など見る。けんちゃんは14時、我々3人は14時15分のバスで帰った。皆さん、お疲れ様でした〜!素敵な思い出がたくさん出来ました。ありがとう!そうそう、けんちゃんが「世界中でシェ〜♪やらなくちゃ!」って(~0~)
モーゼも通った道 ベドウィンの子供 黒いやぎを飼っていた 紅海のスエズ湾
アイン・ムーサ モーゼの井戸
の1つ
12の井戸があった
ようだが今は2だけ
アラビア語の看板
矢印しかわからない
右から「アッラー」と
読めるらしい
ずっと拒否され続けた念願の
目以外はすべて隠した
既婚女性との撮影成功!
大きな船が砂漠を行く?!
不思議な光景
スエズ運河 ポート・サイドと
スエズの164kmを結ぶ
ジャンピング・シェ〜♪
今日もノリノリのけんちゃん
スエズ運河からバスに戻る
手前でまたポーズ!
カイロのランチレストラン横
Cafe Barが中々素敵
最後のランチはカイロで
アメリカでよく見かける
「FRIDAY`S」だった
チキンとポテ、ライス
 大好きなハインツの
ケチャップがあり、ポテトや
チキンにもかけて食べた
カイロ空港で熊ちゃんに乗り
ミステリーツアークイズ
正解がすべて出揃った・・・








2005年05月28日(土)晴れ、32℃
セント・カテリーナ(シナイ山)

シナイ山から見る朝陽5時50分頃

夜中のモーニング・ノックで目が覚めた。時計を見るともう2時10分だった。すぐに用意して2時半に出て行く。皆に確認するとちょうど2時に電話でモーニングコールがあったと言う。目覚ましは1時50分にセットしたが、きっと止めて眠ったと思われるが、電話は来ていないと思う。しかし、ノックのお陰で取り残されずに済んで良かった。ここに仲間もいなかったら、残されたに違いない。若い女性がいなかった。叔母たちと同じで辞退したようだ。このコースがいいのはシナイ山があるからだろうに・・・と思う。T/C仲間もシナイ山があるなら考える・・と言っていたほどの特殊で激安コースなのだが、ツアー選択基準は人それぞれ。バスで10分走るとセント・カテリーナ修道院前の駐車場に到着。真っ暗で何も見えないが、たくさんの人がいた。すぐにラクダ引きに身柄を拘束されて、腕を引っ張られて行く。「ちょっとちょっと、暗くて何も見えないんだから、そんなに急がないでよ」どうせ英語もわからないからと日本語で言ってみるが、小走りで進み自分のラクダに乗せた。ラクダの動きはわかるので手でしっかり掴んで、心の準備をして前のめりになって立ち上がった。「きゃ〜っ」真っ暗な中だけどすぐ近くでShioriちゃんの叫ぶ声がした。「どうしたの?」「もう、まだちゃんと乗っていないのに、立ち上がるから・・・」ラクダは立ち上がりに気を付けないとカイロのピラミッド前で転がって落ちて打ち所が悪くて、亡くなった人もあるくらいだ。だから、あそこでのラクダ乗りはそれ以来禁止の会社がある。でも、ここも同じ!真っ暗の中で声のする方向へカメラを向けてシャッターを切る。少して気が付いたら、Shioriちゃんのラクダは消えて、クマちゃんのラクダが前にいた。けんちゃんはどこにいるのか・・・きっと後ろだろう。とにかく何も見えない状態でラクダに身を任せて登る以外はないのだ。中国のシルクロードで行った砂漠でラクダに乗った時にとても嫌な思いをしたことがある。お尻が痛くなって飛び降りようかと思ったくらいだったが、今よりはたぶん4〜6kgは痩せていたので骨が当たっていたのかもしれない。そこで今回はエアークッション(機内用空気座布団)を持って来ていた。それを敷いて乗ったし、背中のあたる部分にちゃんと当てていたので、快適だった。寒くなり、リュックから膝あてにとスカーフを出したり、ウィンドブレーカーを取り出したりしながら進んだ。Shioriちゃんとけんちゃんがすでに7合目付近のラクダの最終地点で休憩していた。「早かったね〜・・・あれっ、けんちゃんも先に行ってたの?」Shioriちゃんが泣きそうな顔で「もう、大変だったの・・・走っちゃうから、振り落とされそうで怖いし、力いっぱい握っていたから、腕が痛い」そんなこととは知らずにのんびりやって来た私達。私はこのラクダの20ドルはお安くて良かったと思っていたのに、かわいそうなShioriちゃん。他の方々は歩きで登って来る人もあるので、少し休憩して待つことになった。きっとここにしかトイレはないと思い「トイレへ行く」と言って他の方と一緒に真っ暗な中をトイレへ行った。岩だと思っているとたくさんのラクダがじっと休憩しているのがわかった。懐中電灯で灯しながら終わり、一緒に来ていたクマちゃんに「はい、どうぞ」と言うと、「俺はミンメイさんが来たからついて来たんだ」と、なんて優しい人なんだろうと感激!ありがとう!4時半頃、よく見ると遠くの空が薄っす明るい色に変化していた。「何時に朝陽は登るの?歩いている人を待つ必要はあるの?」現地ガイドさんが「よし、先に行こう」ちょうど登ろうとした時に、最初の徒歩で登って来た方々と合流。こんなに早いペースで歩いて登ったなんてスゴイ!それから780段の不揃いの石段を登って行くのだが、それが辛くて辛くて・・・途中でめげそうになった。ベドウィンの山岳ガイドの21歳の男性が手を貸してくれたり、リュックを持ってくれたりしてくれた。もういよいよダメと休憩していると「負んぶしてあげる」と言うではない。「ホント?」ととっとと彼の背中に飛び乗る私。途中で休憩しながら2回は負んぶしてくれた。そして、9合目の山小屋が見えるとそこで一旦休憩が出来ると言う。5時10分頃、ホッとして中へ入ってみると、山岳ガイドさん達が毛布に包まって眠っていた。暑いと上着を脱ごうとしたクマちゃんとけんちゃんに「今脱いだらダメ」と注意してくれた。ここの山のことは100%知り尽くしているだろう。二人とも素直にその言葉に従って着直した。外を見るとオレンジ色に変わり、明るくなっていた。。「朝陽は何時なの?」「6時前だからまだまだだよ残り100段、5分で登れるから大丈夫」と言われたが、嬉しくってもうけんちゃんが外で撮影していた。それを山小屋の奥からドア越しに撮影してみた。その後は4人でそれぞれ喜びを表すポーズで撮影。フト見上げるとどんどん人が頂上目指して登っていた。Shioriちゃんが「場所がなくなるかもしれないから、もう行こうよ」と声をかけてくれ再出発。急な石段坂で足が上がらない。「もうダメ・・・私は頂上で見なくてもいいからここで見るわ」と横の岩へ移ろうとしたら、けんちゃんが「ダメッ!」と強く言って来た。いつも丁寧な言葉のけんちゃんがこんな風に叱るように言うなんて・・・「けんちゃんからダメ出しが出たから頑張るっ!」と言ってはみたけど、本当に足が上がらないし進まないのだ。諦めかけていたら、またあのガイドさんが「負んぶしてあげるよ」と来て、2回負んぶしてくれた。感謝!山頂は予想以上の人でいっぱいだった。数百人はいたのではないだろうか・・・Shioriちゃんが言ったようにもう座る場所がないほどだった。教会の奥に行ってみた。ここでも明るい方向が見えるのでそこで待つことにした。ちょうど目の前の岩場に座ったけんちゃんもいつもの笑顔が消え放心状態。「富士山と同じくらい大変だ」昨年富士山へ登った経験のあるけんちゃんの言葉に重みがある。「じゃ〜、私は富士山にも登ったことにする」軽いノリの私。掲示板で昨年から今年は富士山へ登る話が出ていた。昨年けんちゃんはその下見に行ったことになっている。5時50分頃に朝陽が登り始めた。思わず「レンズからだけでなくて自分の目でも見ておいてねぇ〜」それは自分への言葉でもあったような気がする。モーゼもこんな高くて雄大な景色の中で目の前に輝く同じ朝陽を見たのだろうか・・・。田舎の学校に向かって叫びたかった。「シスタ〜!私はモーゼが神と対話したシナイ山にいるのよ〜!」写真もたくさん撮ってすぐ下の9合目の山小屋の集合場所まで行こうとしたが、下山する人で大渋滞。中々あの山小屋までたどり着けなかった。またどこからともなくあの山岳ガイドさんが来た。担当の我々日本人だけでなく、誰にでも気さくに話しかけていたのは、登るための元気パワーを分けてあげていたのかもしれない。彼の足元を見るとバック・ベルトのないサンダルだった。驚いて、「それでいつも登るの?」と聞いた。皆がそうなのか、単に靴を買えないからなのか・・・そこまでは聞けない。その時彼は指差して、「ほら、さっき負んぶした時に、ここが切れたんだよ」と脇が切れてしまったのを見せた。悪いことをしたと思って、お礼も考えていたが「下山したら、新しいサンダルを買ってプレゼントするわ」と言ったらとっても喜んでくれた。下山の途中で砂で滑りやすくなっていて、転びそうになった。もうすぐ休憩場所に着くと言う時に、Shioriちゃんがすってんころりん。暑くなって来たので、フリースの上着を脱ごうとしてバランスを崩した時に砂に足を取られたようだ。岩でお尻も打ち、右腕には痛々しい傷がたくさん。出血していたが、水で洗い傷絆を貼った。それもちゃんと自分でリュックに入れて持って来ていたのだ。虫刺されはなどは持って来ていたが私は怪我などはまったく想像外だった。ラクダの休憩している7合目に来ると、「ラクダに乗らないか」と言われた。下りは前のめりになるので、怖いし乗るつもりはなかった。けんちゃんが「乗る」と言っている。お世話になったガイドさんのことを考え、乗ったら少しなりともお小遣いが入るなら乗ってもいいかもと思って、Shioriちゃんに聞いてみる。「絶対イヤ」登りのラクダに相当怯えていたに違いない。昨日カイロから迎えに来ていたガイドさんに聞いてみると「戻りは危ないからやめた方がいい」とアドヴァイスをくれた。けんちゃんんも諦めて一緒に下山することになった。途中で「あ〜っ、頂上でおにぎり食べるのを忘れていた」と叫ぶ私。クマちゃんがおにぎりを出して食べてくれた。そして、けんちゃんも・・・。約1時間半かかってセント・カテリーナ修道院を目指して下山して来た。途中で右目に砂が入り痛くて困った。駐車場であの負んぶしてくれた山岳ガイドさんとはここでお別れと言うので、サンダルを買ってあげる予定だったけど、捨てて帰る予定のエアーテックのコートをあげた。彼は私よりも細いから着ることが出来るだろう。バスに乗ってホテルへ戻ったのが、8時20分。部屋へ戻って、各部屋へ生味噌汁の配布。おにぎりとお味噌汁を食べ、やっと生き返った叔母達もゆっくり出来て元気そうだった。PCで朝陽の画像のスライド・ショーを見てもらった。そして、シャワーを浴びて少しゆっくりする時間もあり、体力も回復したようだ。右目は傷が付いたようでまだ痛かった。修道院へ行くので長袖にし、くつは履かずにビーチサンダルにした。。砂漠の砂でまたすぐに砂まみれになるのわかっていた。10時半には世界でもっとも古い修道院の一つである3世紀建立のセント・カテリーナ修道院の見学に出発した。Shioriちゃんの腕の傷は浅くてよかったと思ったが、お尻に青あざが出てきているのではないかと心配した。「大丈夫」とニコニコ。けんちゃんが私のビーサンを見て、「あ〜、僕もぞうりにすればよかった〜。でも、そんな心構えで行っちゃぁ〜撥が当たりますよ」「聖なるシナイ山でシェ〜やっている人に言われたくはないわっ!」 ここはギリシャの管理と言う。ギリシャ正教の巡礼地でもある。ナポレオンもエジプト遠征でここに立ち寄り保護を申し出ている。ここには「燃える柴」があり、4世紀に書かれた「シナイ文書」を19世紀中頃に院内で発見され話題となったことでも有名。こんなに観光地化されていたのかと驚くが、きっと訪問する人たちの思いは同じ。内部見学にはとても興味がある。教会内部の撮影も説明も狭いので禁止されており、観光客がどんどん入ってくるのでじっくり見ている余裕はない。後で香炉などたくさんぶら下がっていた物など絵葉書で確認した。燃える柴は意外にも大きかった。この地以外では育たない不思議な植物らしい。モーゼが神との約束をした燃える柴・・・神秘的なはずがこの人だかりにガッカリ!たくさんの人が囲んでガイドさんの説明を聞いていた。今日はかなり暑い!15分のフリータイムでカフェでコーラを飲んでいたら、皆寄って来た。お金はある人が出すようにいつしかなっていて、現地のお金は残すよりは有効に使いましょうって感じ。私はドルが使えるのでほとんど両替していないので、いつもご馳走してもらっている側!ここでは叔母が出してくれた。ご馳走様!でも、後で初日にカイロで20ドルもの大金を両替していたことを思い出して、封筒を探すことになる・・・。すぐに時間が来て、皆バスへと戻って行った。そんな中、登ったシナイ山をバックにジャンプすると言うけんちゃん。デジカメを持って飛ぶのを待つ私。タイミングが難しいが2回で成功。すぐにデジカメで見てみるとお腹が出ておへそも出ている。大笑い!叔母達にも見てもらって車内は大爆笑。実はここの出発前に、院内で現金の入った封筒が見つかって我々のグループは質問を受けていた。一人参加のご年配の男性が「たぶん私のです。落としたか盗まれたと諦めていました」と・・流石にここは聖なる修道院。封筒そのままで届け出てくれた人があったようだ。奇跡だ!皆気持ちがホットになった。12時50分にホテルへ戻って来て、そのままランチへ行った。午後はフリータイムだったので、我々もそれぞれ休み、19時中華レストランでの「最後の晩餐」を約束して解散した。少し前に出て、お店を冷かしていたら、皆来た。Shioriちゃんはトルコ石のアクセサリーを購入。怪しげな中華レストランは他にT/Cさんとガイドさんも来ていた。今夜の食事をキャンセルした昨日の時点では何も言われなかったが、こちらでT/Cさんに「今夜のブッフェの夕食代分を引いてくれるそうですから、差額だけ払って下さい」と言われた。こんなことってあるのだろうか・・・T/Cさんが何か言われるとかわいそうだから、他の方々には内緒にしておこうと思った。ありがとう!レストランのマネージャーも今夜は我々に付きっ切りだったので、サービスしてくれたのだろう。それにしても他のメンバーが来ないのが不思議だった。きっと同じブッフェのはずだが、ツアーの食事をまたレストランで取っているのだろうか・・・。最初にメニューを見せてと言ったのに、持って来なかったから「何が作れるの?」とアレッポのバロン・ホテル状態かと思っていた。適当に言われるがままに注文して取ったがまぁまぁ美味しかった。メニューが出て来たので、見ると韓国料理と和食もある。それこそもっと怪しげ!アジア人がそんなにたくさんここまで来るのだろうか・・・。右目がまだ痛くて涙が出るので、思い切って眼帯をすることにした。眼帯と言ってもティッシュを折って傷絆で留めてもらっただけ。写真を見るとかなり面白い。最初に両替し忘れていた両替の封筒がどこかへ消えていたが今日午後出て来ていたので、100ポンド(1700円)は私が支払い、他は出してもらった。楽しい食事も終わり、まだ20時半と早いのでベドウィンのテント・バーへ立ち寄ってみることになった。珈琲を注文した。なかなか注文の品は来なくて、その間に入れ替わり立ち代り来るウェイターさんやShopの人たちと踊ったり、写真を撮ったり、最後の夜は意外な場所で大盛り上がりして21時半に終わった。美味しい珈琲はクマ&&Shioriちゃんちのご馳走だった。楽しい夜もありがとう!けんちゃんが部屋へやって来て、「これあげる」とオリーブ石鹸の大きな塊を持って来てくれた。アレッポで買っていなかったのでとても嬉しかった。「うわぁ〜いいの〜?ありがとう!」、最後の一言がいただけない。「重いから・・・」こらぁ〜〜〜っ!
夜のうちに作ったおにぎり
持って2時半に出発
そし、興奮のあまり山頂で
食べるのを忘れた(>_<)
3時頃 真っ暗の中で撮影
成功した我々のガイドさん
お客様ご案内もここでは
大変なお仕事!T/Cさんも!
私の乗ったラクダの後頭部
前には熊ちゃんのラクダが
見える。Shioriちゃんのは
真っ暗の中とっとと
走って行ってしまった
シナイ山7合目付近の最後
の休憩地でのびている?!
ラクダ・・・   4時半頃
何だかとっても気の毒?!
重い人を乗せたのかな?
朝5時15分頃の夜明け前
熊ちゃんがいつもの
ピース・サインを出す
フリース1枚で登りつめた
Shioriちゃんもハイ・ポーズ!
けんちゃん、私が山小屋で
休憩中に写真を撮りに行く

右はカメではない!
ミンメイも780段の石段を前に
まだ元気だった。
この後の
急な100段でボロボロに・・・
山頂はすごい人、唖然!
朝陽を拝むための
場所取りが大変・・・
山頂の教会の脇に陣取った
人々 寒いので毛布屋さん
が貸出の商売をしていた
こんな崖っぷちで朝陽を
待って寝ている人もいる

シナイ山からの日の出の瞬間
感無量(*^ー^*)!
5時50分頃
シナイ山の朝陽を受ける
Shioriちゃんを撮影する

けんちゃん撮影
これが左の画像
下で時間調整したので
意外と寒くは無かったが、
着る物に気を付けたい
ジ〜ンと深く長く感動して
いる・・・暇もなく、写真を
バシバシ撮り、7合目の
集合場所まで戻る
朝焼けでオレンジ色の岩山
こんな風景をモーゼも
見たのだろうか・・・
山頂の教会 教会の鐘 下山する人々で大渋滞 下山途中で見た朝陽
下る時にスッテンコロリンの
痛々しい擦り傷のShioriちゃ
んの横で、忘れていた
おにぎりを食べてくれた
熊ちゃん
山頂でおにぎりを食べる
つもりだったのにはしゃい
でいてすっかり忘れていた
けんちゃん「うまぁ〜い♪」
モーゼのシナイ山
左TOPに教会が見える

登りは死ぬほど大変だった
下山は1時間半ほどで
聖・カテリーナまで行けた
それがこの教会
あんな所から朝陽を見た
のかと見上げてまた感動!

この後目に砂が入り夜まで
痛くて開けていられなかった
ラクダの顔もいろいろ
出っ歯もいたっけ・・・
ラクダの座り方が面白くて
お尻を撮影・・・失礼(^ー^ゞ
ホテルのプールと建物は
レセプション&レストラン
可愛い紫の花
聖カテリーナ修道院(絵葉書)
午前中の見学のみ
時間は要チェック
修道院の鐘楼
夏は大混雑が予想される
修道院内部撮影禁止
(絵葉書)
燃える芝
ここしか生えない種類の芝
モーゼが奥さんと
出合った井戸
修道院前 ガイドさんの説明を聞く
ツアー・メンバー
駐車場前にはたくさんの
お土産屋さんが並ぶ
サボテンの花
ホテルの右側には
お土産屋さんが並んでいた
暇つぶしに覗いた叔母たちも
熊ちゃんたちもハマったようだ

そちらのそばにあったサボテン
エジプトのワイン
ロゼ・赤・白
後方の山に夕陽が当たる
19時頃のホテル
 私たち
3人は2部屋あるセミ・
スィート・ルームをいただく
バスルームも2つあって
とても便利だった
が、
皆、蚊には泣かされた
ホテルの中華レストランには
和食?や韓国料理?・・・

食後はベドウィン族の
テントBARで珈琲を飲む
店員さんたちと踊ったり写真
撮ったりと最後の晩は
大いに盛り上がった(~o~)






2005年05月27日(金)晴れ、30℃
ペトラ紅海〜セント・カテリーナ(シナイ山)

ヨルダンのアカバ港で長時間待ち、船は11時50分に離岸したが、出港はまだの様子。T/Cさんに「デッキはどこから上がるのでしょうか?」「デッキはないようです」そんな船に初めて乗った。国境で乗船も下船も厳重なチェックがあるので警備の関係かもしれない。我々は進行方向の右窓側に巣作りして、休んだ。私はデッキに上がれないのでPCを開き画像のUP準備をしながら出港を待った。気が付くと12時20分頃、船は大勢の人を乗せ静かに港から離れ動いていた。これが高速船なのかしらと疑問の残る速度で走る。対岸にはイスラエルとエジプトが、出港したアカバからは10kmほど南下した先のサウジアラビアが見えていた。船はエジプトのリゾート地の高級ホテルをかすめてヌエバ港へ14時に入って行った。突然、それを見ながら気分が悪くなってきた。赤ちゃんの泣き叫ぶ声、TVの喧しい程の音量、大勢の人、汗の臭い、淀んだ空気・・・、病気が出そうになった。ちょうどすぐ近くにいたT/Cさんに「私、実は○○(病気)なので、一番先に下りて空気吸っていますから」とやっと伝えて出口へと向かった。その時、仲間にも看護婦の叔母たちにも言える余裕はなかったほど切迫していた。出口まで緊張して歩き、係員へ「私気分悪いの。ここが出口?」と聞くと、「観光客はグループで一緒に降りろ」と後方を指差す。まずい!益々気分悪くなってきた。戻るようなしぐさをしてすぐ横のソファーの陰の床に腰を下ろした。皆が見ていた。今思えば異様な光景だろう。大勢のヒゲのアラブ人男性の中に一人ノースリーブでショート・パンツの肌露出した女性がおかしな場所にうずくまっているのだから。それを見た係員の目が優しくなっていた。そして、それから約15分(私には時間の流れが止まったかのように長かった)後にドアが開いて、その係員は私をすぐに出してくれた。感謝!階段の下ではまたパスポート・チェックがあった。下船して港へ歩いて行くと懐かしいガイドさんが笑顔で迎えてくれ、ホッとする。バスの影部分でしゃがんで仲間を待った。睡眠不足と疲れのせいと思う。まだまだ話せないくらい緊張していたが、何事も起こらずに良かった。バスの左横にはPOLICEの船があって、クマちゃん、けんちゃんが撮影に行ったら、係員さんが出て来て、「ダメダメ」と言われていた。それからバスが港の税関前広場へ入って行ったが、路上のたくさんの荷物にビックリ!船で到着した生活物資から、旅行バッグまですべてがここで審査されるのだろう。そして、我々も長い間荷物を待って待機した。我々の荷物が届いたのが、15時。それをそれぞれ持って税関検査を受けに行った。ガイドさんの顔パスだったようで何も調べられなかった。バスに乗り、ランチのホテル到着が15時半。吐き気がするほど空腹だった。ここは大きな4星ホテルで海に続く庭に花々が咲き、その先の海辺には椰子のパラソルと誰もいない白いデッキ・チェアーがあった。リゾート地ヌエバの象徴的な風景だろう。ランチはハト料理だったが、チキンと同じような淡白なお味。早めに食事を済ませ、ビーチへ急ぐ。クマちゃん、Shioriちゃんが先にビーチへ行っていた。そこでまた「シェ〜♪」Shioriちゃんとは「キャイ〜ン♪」この後、「今度は何をやろう・・・」などとバス車内で楽しい会話もあったが、考えられるポーズは出尽くした感じ。16時半に出たバスは奇岩の続く砂漠をのんびり走る。制限速度があるような30km/時速くらいで走る・・・旅の前にいただいていた行程表では16時にはホテル到着となっていた。プールで遊ぶ時間があると思って楽しみにしていたのだが、どう考えても18時くらいだろうと諦める。するとその時、我々のバスをピュ〜ンと追い越して行く大型バスがあった。「え〜っ、何あれ?」目をパチクリ。未だに不可解なシナイ山近くのセント・カテリーナまでの道のりだった。18時半頃、街へ入る途中で検問があり、パスポート・チェックがあった。ホテルは2度目の検問を抜けてすぐのところに位置していた。18時50分到着。どうして、16時到着のはずの予定がこんなに遅い到着となったのか・・・そんな些細なこと?!に対しての説明も聞く人もなかった。こんな僻地にはきっと誰もが「着けばいい」と思っているのだろうか・・・。私は説明がないことに対してとても不思議だった。私はたくさんの厳しいお客様を見過ぎているのかもれないとも思った。元々臆病者だから、少しでも変更事項があると神経質に理由説明をし、お詫び、ご理解をお願いするのが私流。シナイ山も昔から一度は来たいところだった。学校でモーゼのことは良く聞かされていた。映画「十戒」も3回ほど見た。割と大き目のホテルで外観からの想像できれいそうだった。中庭から中華レストランが見えて大喜びしたのは私だけ?叔母友のKさんも「シナイ山は初めて。エジプトでもこんなところがあったのね」と嬉しそうだった。今夜から2泊のホテルの部屋はコネクティング・ルームを用意してくれた。バス・ルームも2ヶ所。最後までバスタブの詮ががなくて、湯船に浸かれなった。最後に皆に喜んでもらえると思って持って来た「温泉の元」は使われずに日本へ再び持ち込まれることになった。しかし、蚊取り線香はやっとここで活躍しそうで3ルームへ配布。後で「蚊取り線香の上でも平気で飛んでいたよ」とShioriちゃんからもけんちゃんからも聞いた(>_<) 19時半に夕食に行ってみた。ブッフェは相変わらず同じ内容。後にShioriちゃんが「ミンメイさんが食事したくないのがわかるわ」と言っていた。イタリアン以外はどこへ行っても食事はしたくない。出来たら、中華か和食屋さんへ行きたいほど。明朝(夜中?)のモーニングコールは2時なので、成田空港で買ったおにぎりを人数分(一人2個で8個)お湯を入れて準備して10時には休んだ。叔母達は明日はシナイ山は登らないと言う。叔母達もよくこのハードスケジュールに付いて来てくれた。やっとここで連泊なので、体を休めることが出来て良かったと思う。
ヨルダンのアカバより紅海を
プリンセス号で渡って来た。
 エジプトのヌエバ港

下船直前にあの病気と
闘うことになろうとは・・・
下船後に税関検査を受ける
ために荷物の引渡しをする
場所がここ。冷蔵庫、ソファー
などもある。我々もスーツ
ケースをバスの中で待つ
4時半起きでやって来たが
ランチは15時半・・・吐き気
がするほどお腹空いていた

メインはエジプトの高級料理
の鳩が出た
鳩小屋もたくさん見る
紅海の浜辺でけんちゃんの
サングラスで遊ぶ。カメラを
向けているのはミンメイ
紅海をバックに
けんちゃんと
アン・ガールズ
恥ずかしいのも忘れ
Shioriちゃんと昨年9月
ギリシャ以来のキャィーン!
けんちゃんと命っ! 
 流石にけんちゃんは
きれいに決まっている
検問を抜けて入る
セント・カテリーナ街
こんな街になっているとは
思いもしなかった
ホテルは修道院から
一番近い  中華もある♪
ホテルに咲く黄色い花
サントリナ・シルバー






2005年05月22日(日)晴れ、33℃
カイロ〜アレッポ(シリア)

6時に起き、食事に行った帰りにホテルの部屋の前からピラミッドが見えるのがわかった。叔母たちへ報告し、写真を撮る。7時45分にホテルを出発したカイロ観光のハイライト、ピラミッド見学。入場はメンカウラー王の墓だとエジプト人の日本語ガイドさん。募集パンフレットや最終行程表にも「3大ピラミッドのうちいずれかに入場」と記載があり、間違いではないが、事前説明もなく何の努力もせずの結果で、今ひとつ納得行かない。「クフ王の墓ではないのですか?」とT/Cさんに質問する。「現地でここにしてあります」とわけわからない返事。「じゃ〜、元々今回はクフ王の墓には入る予定はなかったのですか?」「そうですね〜」(゜o゜) 「ペトラもエド・ディルへ行けないし、ペトラ2泊が1泊になるし、クフ王のピラミッドにも入れないの?」ガックリのShioriちゃんたち。3つのピラミッドが見える丘で写真を取り、メンカウラー王のピラミッドへ行き、病気が再発するのを避けた私以外は全員内部へ入場しに行った。その間にスフィンクスの後頭部を見に行ったり、警備のラクダを写真撮ったりして過ごす。スフィンクス見学に行くと西洋人が変な格好をして写真を撮っていた・・・フト気が付いて「スフィンクスにキスしているの?」と聞くと「Yes!」と笑う。「けんちゃんもやってぇ〜♪」にノリのいいけんちゃんすぐに真似する。「私もね〜」これはいいやね〜♪あの人は右腕はスフィンクスの首に回していたが、ちょっと難しくて却下!「スフィンクスの見ているのはコンビニではなくて、ケンタッキーです」と現地ガイドさんには笑った。この話題は何人の人に理解出来たのだろう。最初にスフィンクスの前でわがまま言って、6人だけで写真屋さんから集合写真を撮っていただいた。その大きな観光写真を全員で5枚受け取ってバスへ戻った。きっと一生の記念にはるはず!ランチは11時からだった。レストラン入口には釜があってパンを焼いているおばぁさんがいた。写真撮影後に「バクシーシ」とは言わないが、チップの受皿がパンの左に置いてあったし、指がそう訴えていた。アラブ料理が合わない私はどれもちょっと口付けて終わりにした。どうも独特な香辛料がイヤでダメ。そんなことだと予想出来たので、日本からたくさんの和食を持ち込みしているので大丈夫。12時15分〜13時40分はカイロ国立博物館見学へ。今回はじっくりツタンカーメンの部屋を見て回ることが出来た。いつもはお客様の人数数えてお待ちする方に時間取られて全部見たことがなかった。午後は温度がぐんぐん上がりとても暑く、私はホコリっぽいカイロを早く抜け出たかった。14時半に空港に到着。バス車内で搭乗券も受け取りセキュリティー・チェックへ進んだ。現地体制が整っているのは流石に大手旅行会社と感心する。その後、すぐに出国し、搭乗時間までカフェでお茶飲んで待った。15時35分、ゲートへ入る手前のセキュリティー・チェックで叔母のお友達のKさんがピンポ〜ン♪「え〜、何も持っていないのに〜」 しかし、調べてもらうと出て来たのが、機内のナイフ・・・「あ〜そうだった。昨日、飛行機の中でパンが残ったのでバターとナイフも持って来たの・・・」即、ナイフ没収!機内でPCを出して写真をチェック。画像も縮小したりと「旅の空から」UP準備をする。機内食は今回も珈琲のみとした。機内で入国カードが配布され、19時にシリアの第2の都市アレッポに到着した。
この後はアレッポへジャンプして下さい。
★今夜から入るシリアにはまったくアクセス・ポイントがないので、UPはヨルダンへは行ってからになるかもしれません。ご了承下さい。
ホテルはピラミッドが見える
5星でロッジだった

朝は蚊がいたっけ・・
標識が楽しい
ホテルの案内板
ピラミッドの前の美女?!
今回はエスニックな
ブラウスを3枚持参
ピラミッドの下から撮影の
熊ちゃん
皆がお墓に入っている
間にラクダに乗った
監視人さんを撮影
エジプト2回目のけんちゃん
シェ〜♪ 
リクエストの
MINちゃん大満足?
3個のピラミッドが見える
丘の上のお土産屋さん
いつも二人一緒で仲のいい
熊ちゃん&Shioriちゃん
スフィンクスの前で
叔母とお友達
二人とも看護婦さん
わけわからず「ハイ・ポーズ!」
スフィンクスとキッス♪
外人観光客がやっていて
「僕ももやるぅ〜♪」の
けんちゃんの後に・・・
Shioriちゃんのビール
STELLと前菜
どこへ行っても
「ビール美味しいぃ〜♪」
カイロ国立博物館
館内は完全に撮影&カメラ
持込禁止。ミイラ室70ポンド
(約1400円)






2005年05月21日(土)晴れ、35℃
成田空港〜カイロ

今回もクイズになっていたミステリー・ツアー。エジプト・シリアヨルダンの10日間の大手旅行会社主催旅行。私も入れて6人、叔母友人Kさん、叔母、クマちゃん、Shioriちゃん、けんちゃん、私で参加。T/Cさん(Dさん;見たことある!)付きの激安218000円(普通は30万円以上はする)のツアー。叔母達と近くの成田空港行きのバスで10時過ぎに出発した。13時半集合だが13時前には受付カウンターへ行く。まだ他の3人は来ていなかった。売店でおにぎりや五目御飯、都こんぶ、茎わかめなどおやつもなども買っていたら到着したようで、ほぼ同時に両方からメールが入った。叔母達とは初めてなのでご紹介。Shioriちゃんは手作りのネコちゃんのポケット・ティッシュ・ケースを叔母達へプレゼントしていたのは見ていてとても嬉しかった。エーゲ海クルーズから帰国したのが18日。21日には成田空港を15時半発の飛行機で14時間かけて飛んで来たカイロ。A340の機内は空席が目立ち、4席独占で横になり爆睡3時間出来て、疲れも少し取れた気がする。カイロ空港で25ドル払って取得するエジプト・ヴィザ。現地係員が何故かイミグレーションの手前に待機している。パスポートを渡すと切手のようなビザをその係員が舐めて貼ってくれる。それからイミグレーションを通過。ヴィデオ・カメラの申請をすすめられていた方もある。全員で15名のグループ。空港をバスで出たのが00時半。 ピラミッド近くの5星ホテルのお部屋へ入ったのは夜中の1時半頃。6時半には起きなくてはならない。明日から活躍するのは耳太郎ではなくって「聴さん」だ。サイトの掲示板に報告して、この部分をUPして休んだ。
このコースは3月に大手旅行会社のお知らせで発見した。出来ればエジプトは何回か行っているので、レバノンも入ったツアーが希望だった。世界遺産のパールベック神殿へも行きたかった。しかし、いろんな条件がピッタリはまるようなツアーはないと思っている。何かしら目を瞑るしかない。それが日程、行き先、値段、同行者、季節、などあるだろう。いつかそのうちチャンスが来ると思って、10年くらい経っているので、今回は思い切って行くことにした。けんちゃんとは掲示板で「ペトラでインディー・ジョーンズ(スティーブン・スピルバーグの1989年の作品で3作目の「最後の聖戦」・・・因みに、インディアナジョーンズと言った方が通じる)・・・したいねぇ〜♪」と盛り上がっていたので、誘ってみた。すんなりOK。Shioriちゃんにもメールしてみた。案の定、韓国へも行ったばかりだしと最初は乗り気ではなかった。数日後、一緒に上野の国立西洋美術館へ「ラ・トゥール展」を見に行った時にShioriちゃんから「私は行きたいのだけど・・・」と聞く。その夜は熊ちゃん誘って横浜で説得大会?!。完全に安全ではない国々(逆にどこが安全な国?)へ行くので、「無理して誘いたくはないの。何かあっても責任取れないし、熊ママが一人になったら困るでしょ?」 それでも「もう俺たちの間にそんなことはあり得ないよ。なったらなった時だよ」と熊ちゃんも、楽しい旅を約束するかのようにOK出してくれた。叔母は最初に誘った段階で「行く!」と言ってくれ、一人部屋は高くなるから同室の相手も出来て嬉しい。締め切りギリギリになって海外へ一緒に行っている叔母のお友達も同行することになった。それも聞くとエジプトもシリア・ヨルダンも2回目とか・・・。その間に、この日の出発は催行人数に達せず、あの手この手を使って催行までに持ち込んだ経緯は省略したい。結局13名でGOと決定したが、出発までもう3週間と言う時に「ヨルダンからエジプトへの交通手段の船が土曜日運休と決定。そのためにぺトラ宿泊が1泊となっためにペトラ遺跡の奥にある「エド・ディル」へ行けませんけど、それでも参加されますか?」と連絡が入ったようだ。私は仕事でゴールデン・ウィークのバルト3国へ行っていた時だったと思う。このツアーの魅力の一つはペトラ2泊だったのでガッカリ!皆もかなり落ち込んだのは言うまでも無い。そして、アンマンから移動して来た翌日丸1日ペトラで過ごせる予定だったのが、前日のうちに観光して、翌日は朝6時には出発と言うのだ。船の運航スケジュールが変わったから仕方ないがどうもこうも納得し難い状況で失望。結局1日で1日半以上の予定をこなして、走って行かないと船に間に合わないのだ。そして、セント・カテリーナに2泊となってしまった。何もない所に2泊。朝陽を見て戻って来て朝食、そして午前中に聖カテリーナ修道院見学でその日は終了となる。その日の午後のフリータイム時の体調を見て、後は時間、距離、お値段によってはホテルなどで斡旋している車をチャーターして、紅海へ行くかどうか決めたいと思っている。毎日ハードスケジュールだから、プールでのんびりボ〜ッとするのもいいかもしれない。
今夜のカイロのホテルは5星でピラミッドの見える高級ホテルの1つ。でも夜中にチェックインして、早朝には出て行くのはいつもの日本人の忙しいツアーならでは。だったら、こんなところでお金使わなくても他に使ってもらった方がいいのだけどね〜。ピラミッドでは年末年始の私のツアーでは問題が発生(クフ王のピラミッド入場200人制限で早く行って並んでいたのに、他の日本の旅行会社に数グループ追い越された。そして、前の同じ現地手配会社のバスに乗り換えられ、激怒!結果、我々は3人しかチケットを手に出来なくて、午後販売分を狙って戻って来て全員入ることが出来きた事件)したが今回はどうだろう・・・仕事で来ているわけでないので、緊張感はまったくない。叔母や熊ちゃん、Shipriちゃんたちは初ピラミッドだし、是非クフ王のお墓参りはして欲しいと思っている。年末に私とガイドさんがしたように、そちらへ入れるように最大の努力をしてくれるはずと思っている。日本から2本は持って来たが、バスの中で水1本サービスはとても嬉しい。感謝!
下の年末年始の仕事で来たエジプト。毎日毎日夜中の移動で疲れ切ったあのツアー。忙しかったので、画像だけのUPで日記がないのがその証拠!今では懐かしくもある・・・今回も同じように忙しいけど、気分はまったく違う。今回の私は何と言っても「お客様」なのだ!
成田空港の第2ターミル
レストランより撮影
手前がエジプト航空
けんちゃん
 Yahoo Cafeにて 
うひゃひゃ書き込み中
ミンメイの食事は機内食より
おにぎり・カップ麺?!

機内食は胃が拒否する
職業病?
2度目の食事
意外と美味しかったが
半分以上は残し、
パンをかじる








2005年01月03日(月)晴れのち曇り、18℃
カイロ


ナイル川クルーズ船より

モスクまで階段を登る モスクの正面 モスクのお清めの広場にて
以前使っていたお清めの
ための泉
モスク内部から見た
お清めの泉
モスク中央の天井
モハメッド・アリのお墓 モスク内部 アル・フセイン・モスク
モスク前広場のCafe ハーン・アル・ハリーリ・
マーケット
アル・ムスキ通り
左は部屋から見える
ナイル川の夜景と真下の
ホテルのプールがきれい!








2005年01月02日(日)晴れ、25℃
ルクソール


ルクソールの朝陽 6時45分

メムノンの巨像
砂岩で18m
ハトシェプスト女王葬祭殿
こんな切り立った断崖にある
何年か前の痛ましい乱射事件
を思い出す
トトメス3世が嫉妬して
顔を削られた像が立つ左部分
中央前のスロープより 当時の色が残る壁画
が美しい右部分
中央から逆の
観光バスの駐車場方向を見る
大勢の人が見学に訪れていた 右部分と断崖
右部分に残る壁画 色が当時のまま残る 象形文字と空と星
補修工事をしていた? 中央部分の立像 立像の奥の葬祭広場
王家の谷
56のお墓がある
行列が出来たラムセス9世の墓
一番きれいに壁画が残る
入口前 
撮影禁止&ガイド説明禁止
ツタンカーメンのお墓の前
お客様のカメラを預かり待つ
カイロから同行のガイドの
ニビーヌさんは2人のママ
ツタンカーメンのお墓の前に
ある内部の説明板
クルナ村 クルナ村で有名な石屋さんにて アラバスターのお店の前で
バスの運転手さんと
アラバスターの壷や
お皿など販売
値段はあってないようなもの
メルキュール・ホテルのプール
ランチ・レストランより
甲羅干しする余裕の西洋人
鳩料理
中央が鳩
アスワンの夕焼け ホテルのプールの前が
ナイル川
ナイト・バザール
スパイスがいっぱい 細い路地に馬車が走る ルクソール神殿のライトアップ





2005年01月01日(土)晴れ、25℃
ルクソール


初日の出 飛行機の中より 6時45分
ナイル川を見下ろす カルナック神殿のスタッフ スフィンクス参道 パネジェムの巨像
聖なる池の前より2本の
オベリスクが見える
ハトシェプスト女王の
オベリスクの頭部
トトメス1世のオベリスク
ハトシェプスト女王の
オベリスク
神聖室の天井
青い空に星が見える
整列した像の道 第1中庭
大列柱室
134本の柱が並ぶ
直径2m高さ23m
柱の間の石にはきれいな色付き
のレリーフが残る
アガサ・クリスティーのナイル殺人
事件ではこの上から石を
落とすシーンがある
幅102m奥行き53mの
大列柱室
ルクソール神殿 
紀元前1400年頃建築
左のオベリスクは現在パリの
コンコルド広場にある
内部に後で造ったモスクがある
アブ・アル・ハッジャージ
ラムセス2世の中庭
ラムセス2世の中庭にある柱 アメンハテブ3世の中庭
きれいに残っている柱
壁の彫刻がきれい ツタンカーメン像
スフリンクスの参道 後から造られた
アレキサンダー大王の礼拝堂
列柱14本 高さ16m
水パイプ
カラフル
バナナ味などとある
カラベーヤ(民族衣装)
男性物や女性物
色とりどり
Tシャツの背中に
MINGMEI
ミンメイと象形文字を
入れてもらった
音と光のショー1日3回
アナウンス説明を聞きながら
移動して行く。最後に神聖なる
池前で椅子に座る。








2004年12月31日(金)晴れ、25℃
アブシンベル〜アスワン


朝8時のアブシンベル神殿前
たくさんの人がチケット
販売所に並ぶ
入場口に並びセキュリティ・
チェックを受ける
アブシンベル神殿入口
1968年9月22日移転終了
大勢の観光客がすでにいた
午前8時過ぎ
並んで神殿の中へ
写真撮影禁止
左2体
崩れた顔は・・・
これ!
足元に転がったまま
右の2体
20m
象形文字を楕円で囲んで
あるのは王の名前の証拠
足元から撮影
像の大きさがわかる
内部から出て神殿が元々
あったナセル湖を見る
ネフェリタリとハトホル神に
ささげる神殿
アブ・シンベル小神殿と
呼ばれる

こちらも内部撮影禁止
右手を上げてハイ・チーズ
と言って撮影してもらった

日本人バックパッカー
アスワンへの飛行機は
1時間以上も遅れて出発
したのは意図的策略
機内より砂漠の
乾いた大地を見る
アスワン旧ダム アスワンのホテル・バスマ
内のランチ・レストラン
ブッフェが多い
エジプトの食事
バスマ・ホテルのプール
アスワンの石切り場
ここよりルクソールの
オベリスクも船で運んだ
切りかけのオベリスク
これが出来たらエジプト1
の高さだった
ファルーカにてナイル川を
遊覧中。風がないので
ホテルへ直行
オベロイ・ホテル
到着前
エレファンテネ島にある
ホテルから見える
ナイル川
ファルーカが気持ち
よさそう
4年前、風がなく45℃の
中を2時間漂ったことが・・・
新館のメゾネット・タイプの
部屋は2階がベッド・ルーム
大晦日のガラ・ディナー
豪華に飾り付けてあった
プレゼント・バッグに
入っていた
パーティ・グッズ
早朝のナイル川沿岸
実は1/02朝の5時頃、ホテル
から出発後、船からの撮影







2004年12月30日(木)晴れ、20℃
カイロ


夕陽のピラミッド(ホテルのプールより)
夕陽のピラミッド 13時過ぎのピラミッド クフ王のお墓入口
撮影禁止、説明禁止
ツーリスト・ポリス
観光客の安全を見張る
スフィンクスとピラミッド 階段ピラミッド
どこへ行ってもフッフェ 割と口にあう 串焼き
ラムセス2世の像 スフィンクス 赤のピラミッド
カーペット・スクール 柄が細かくてきれい SHOPも立派



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