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旅の空から
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ヨルダン
エジプト・シリア・ヨルダンの旅:2005年5月21日〜30日
★旅の空から「エジプト編2005年」へ
★旅の空から「シリア編2005年」へ

2005年05月27日(金)晴れ、32℃
ペトラ
紅海〜セント・カテリーナ

今日も朝4時半に起き、準備をする。5時にモーニング・コールが来た。今朝の朝食はボックスなのでパンとジュースとりんごかバナナと決まっている。お粥を食べて行くことになっていたので、3人で食べながら時間を調整。5時半に荷物を出し、6時前にレセプションで気になっていた電話代の精算に行く。先に行った叔母が「もう終わったよ」と言ったので、いくらか聞いてみると1ドルもしなかったと言う。アクセスポイントのないペトラでそんなに安いとは・・・もっと使えば良かったと後悔。いつもはボックスからジュースやバナナだけ抜いて行く(どうせ食べずに捨てるし、大きくて重い荷物が1個出来る)が、T/Cさんガイドさんの前ではそれをするのをやめた。6時にバスは静かに遺跡の街から出発した。たくさんの素敵な思い出が出来たペトラ。改めて、同行の5人に感謝!朝食ボックスを覗いて、「パンがたくさん入っているぅ〜」と言っているけんちゃんの言葉に「本当?!」と覗いているじっくり睡眠取った叔母ちゃんたち。今日も朝から皆元気だ。やぎや羊が草を食む荒地の中を走り、そのうち不思議な岩の点在する砂漠へ入って行った。奇岩の「7つの知恵の柱」を左に見ながら映画「アラビアのロレンス」の撮影地でもある「ワディ・ラム」の立派なビジターセンターに到着したのは7時20分。こんな砂漠には大き過ぎると思われるような駐車場もシーズンを前に拡張工事中だった。ロレンスはオックスフォード大学の卒論のためにこちらへ来てハマった人。1935年46歳で他界の実在する人物だ。4WDに分乗して砂漠へと道なき道を走って行く。「最初に乗ろう、砂埃が来ないように」計算しつくしている我々。出発して振り返ると後続車は少しだが赤い砂嵐状態だった。15分走って、砂漠の途中で下車。けんちゃんがトラック(我々6人は4WDではなかった)から降りる時に、ポーズして撮影依頼。その後もShioriちゃんもクマちゃんも一緒になってシェ〜♪などご披露して他の皆さんも大笑い。次に着いたのは大きな岩の前。大地に寝そべってみた。焼けているかと思いきやまだ朝の8時前。ひんやりと心地良かった。後で掲示板のはるさんの書き込みで知ることになるが、もしかして「サソリ」がいたかもしれない。パルミラ遺跡内や夕陽を見たアラブの城塞には確実にいたようだし・・・。ここに来て、ガイドさんからホテルの電話代の未払いがあると言われた。「あの時にレセプションで叔母が精算したけど、あまりにもお安かったので目の前で再確認したのを、お二人ともご覧でしたよね?]とT/Cさんにも確認。「はい、あの時はなかったと確かに言われたのですが・・・・」しかし、それがホテル側のチェック漏れだったようでガイドさんの携帯電話で知らせてくれたようだ。結局、8ドルだったのはやはり激安。発展途上国の電話代が高いのは何度も経験済みだったので、「それくらいなら・・・」と、ホッとする。約1時間の砂漠のドライブ後、8時半に出発した。そして、海が見えて来てアカバ港へ9時40分に到着。「こんなに早くに〜?ウソでしょ〜?」出港は12時と聞いていたので驚いた。説明も何もなくこんな時間にここにいるってどういうこと?!結局、出国手続きはガイドさんがパスポートをまとめて持って行ってくれすぐに終了し、我々は指示があるまでバス内で待機となった。私も朝食ボックスを開けて見る。内容の充実振りにビックリ。本当にパンが4〜5種類入っていた。系列の5星のクラウン・プラザの箱だったので、そちらのお客様用に違いなかった。ジュースと菓子パンを食べてみた。10時半になりポーターが不在で各自スーツケースも手荷物も持っての乗船となった。しかし、早過ぎる港への到着など考えると7時出発でも十分時間はあったと思えるがそんな説明もない。結局はガイドさんが次の仕事がお昼からあるか何かで早く帰りたかったのだと思う。バスがエジプト側とは変わるので、スーツケースは下の車が入る部分にまとめて置き去りにするようだ。船は大型フェリーの「The Prinsess」号。船内の椅子のあるキャビンへ階段を登ろうとしたら、パスポート・チェックがあった。そして、大きな手荷物はそこへ置いて行くように言われた。PCの入っているキャリー・バッグは貴重品なので持って上がろうとしたら「金の延べ棒でも入っているのか?」と言われて、とっさにいつものように冗談で「そうよ」と答え、瞬間後悔した。ジョークが通じなかったら大変なことになると不安に思って「うそうそ、すぐに置いて来るから」と言って、PCだけ取り出してキャビンへ上って行った。
この後、私はエジプト側のヌエバ港への到着直前に船内で大変なことになった・・・誰も知らなかった恐怖の時間・・・病気の再発・・・続きはエジプト編へジャンプ!
実話映画の「アラビアの
ロレンス」の撮影地ワディ・
ラムのビジターセンター
この岩山が特に有名
「7つの知恵の柱」
奇抜な岩山が続く砂漠
3台の4WDに分乗して
砂漠を走る
気分はダカール・ラリー?!
砂漠を感じてみたくて
寝そべる
 赤いサンドは
意外と冷たくて気持ちよかった
あるある探検隊
熊ちゃん&Shioriちゃん
あるある探検隊フィニッシュ
けんちゃん&ミンメイ
シェ〜♪
Shiorちゃん&熊ちゃん
シェ〜♪
凸凹コンビ?!のけんちゃんと
5500年前の遺跡もある
アカバはヨルダン川の
紅海のリゾート地。さんご礁
のきれいなダイビング
ポイントもサウジアラビア
国境近くにある。
船内はアラブ人でごった
がえしており、ノースリーブの
私はジロジロと男性にも
女性にも見られた。Kさんの
残ったヨルダンのお金で
お菓子や飲み物を買って
いただいた
アカバ港ターミナル 船内、デッキには出られない



2005年05月26日(木)晴れ、32℃
アンマン〜死海〜ペトラ


朝の7時半前から死海で
プカプカ体験。
私も浮いたぁ〜(^ー^)v

アラブ風のスカーフを巻き、
インディー・ジョーンズ
ペトラ遺跡の観光へ出かける
今日は長くとても充実していた1日だった。朝4時半起きして、PCでメールや掲示板のチェック。叔母がPCアクセスの電話代15ドルを支払ってくれた。感謝!大体1本のツアーで10000円くらいはかかっているアクセス代が、シリアではまったく繋げなかったので今回は安くで済みそう。6時にはホテルを出発した。けんちゃんが昨日見た女性のガイドさんが赤い布を巻いていてカッコよかったからと、「これ巻いて下さいよ」とお土産に買った物を出して、巻いてくれた。このツアーの最初の募集行程では、ペトラ2泊で今日はペトラへゆっくり夕方入り、明日午後までペトラ観光が入っていた。それが船が土曜日は休航となったために、突然の予定変更。今日1日で2日分をこなすための早朝出発となったのだ。とっても不満は残るが仕方ない。7時前には海抜0地点で写真ストップ。気圧の関係で耳に異常を感じる人もある。7時には死海のあるモーゲンピック・ホテル正面から宿泊者でもないのに堂々と入り、奥に位置する死海へと急ぐ。無料で更衣室を借り、着替え海へ走る。先におばちゃんとけんちゃんが死海へ入っていた。「暖かいよ〜」 そばでけんちゃんが「あ〜、浮いたぁ〜♪」と大はしゃぎ!Shioriちゃんも熊ちゃんも、おばちゃんも・・・「わぁ〜浮いた、浮いたぁ〜♪」かなづちの私も勇気を出して、T/Cさんのアドバイス通りに一旦かがんでから足を投げ出してみる。何と簡単にプカプカのラッコ状態ルン♪ 余裕でカメラに向かってピース・サイン(*^_^*)v  「真っ直ぐに浮いている写真もお願いしま〜す」 以前プカプカ体験済みの叔母友人Kさんは今日は入水しないので、写真をお願いして撮っていただく。T/Cさんも他の方々の写真を取り終えて、私達のも撮影して下さった。そのうち、ふと私は泳いでみたくなった。下向きになりバシャバシャ手と足を動かしてみる。さっちゃんが掲示板に「泳いだ人がガイドさんに叱られていた」と書き込みされていたが、意味不明だった。私も即T/Cさんから「泳いではダメですよ〜!」と叫ばれた。どうして?と思っていたが、泳ぎながら再度プカプカしようと、体をひっくり返したくても出来ないのでもがいた時に口に海水が入ってしまった。「ゲッ!ショッパ〜イ(>_<)」注意されたのはこうなるからだったのかしら?けんちゃんは前日に「死海で潜ってみたい」と言っていたが、流石にそれはやらずに良かったようだ。目や鼻に海水が入ったらその日は才再起不能になるとか・・・。熊ちゃんから海底のミネラルいっぱいの泥をもらった。体に塗って泥パック写真も撮ってもらう。塗る時にちょっと擦ってしまって、腕がヒリヒリして後悔。熊ちゃんもこの後、先に上がってバランス取るのが難しいShioriちゃんとの手繋ぎプカプカの写真を撮ってくれた。約1時間しかなかったので、海から出て更衣室へ行こうとしていたら、プールにも入りたくなった。すでに熊ちゃんはプール内のブタの置物に乗っかっていた。ミステリー・クイズに出題した回答内容を思い出して、「カメがないね〜」「クジラもヘビもあるけど、イルカもな〜い」まだ朝の8時前・・・冷たいはずの更衣室の水シャワーは意外と気持ち良かった。T/Cしているので時間の読める私は「後15分ね・・・余裕余裕」と髪もシャンプー&リンスして、メイクも落とした。ほとんどの女性はお化粧もそのまま髪も洗わずに出てった後だった。再度日焼け防止のフル・メークで完了。ちゃんと時間内にバスに戻った。着替えたのはペトラのために持って来た派手なスパンコールも付いたオレンジレッドの3枚目のエスニック・ブラウス。仕事中は着られないような派手な物を着てみたい。旅行中、重くなるからと着たきりすずめちゃんがあるが、私は個人旅行中はお洒落も旅の楽しみと思っている。お土産を買わないのでその分トランクも空いているし、ポーターさんが運ぶので重くても規定内の重量ならいい。旅に対する考え方は人それぞれ!8時10分に出発してヨルダンの街並を見ていると、シリアとはまったく違い、小奇麗でリッチな雰囲気。ベールを被っていない女性も多いのは都会の証拠。9時にはモーゼ終焉の地ネボ山に到着。あの青空に突き刺すような十字架を見ることが出来た。こんなに大きいものだったとは・・・。丘の上からは左下に死海が広がっていた。どうして世界の人々が仲良く平和に暮らせないのかと思いながら見た右奥にはイスラエルがある。教会内部には完全な形で保存されたモザイクがあった。動物や花はよく見るが、幾何学模様に目を見張る。Shioriちゃんはパッチワークのヒントにと写真をパチパチ。叔母に絵葉書を買ってもらう。9時半に休憩所へSTOPした。そこにあった死海ソープをけんちゃんと共同購入。まだ皆さんが説明を聞いている間に、店員さんへ「ねぇ〜、誰にも言わないから、私だけにディスカウントしてぇ〜」「う〜ん・・・」「たくさん買うからぁ〜」とけんちゃんを呼んで12個で8個の値段にしてもらった(~o~)v 最初で最後のお土産と思っていた・・・後日、紅海でTシャツ2枚買ってしまったけど。9時45分に出発して、お腹空いたので、6人用に作って来た(お湯を入れただけ)五目御飯を分けて食べた。ちょうど食事が終わった10時にはマダバへ到着して慌てる。この街はほとんどの家の床下にモザイクがあると言う。聖ジョージ教会へ行き、最古のパレスチナの地図のモザイクを見た。途中、聖処女教会を見ながら歩いて来たが、ここのモザイクが最初に発見されて街のモザイクが発掘され始めたようだ。横にはモザイク学校もあった。11時25分にガソリンスタンド兼お土産屋さんへ立ち寄った。モザイク作業をしていた女性達はとっても魅力的できれいな人ばかり。写真を嫌がる方が多い中、全員OKと言ってくれ、記念撮影。SHOPでは白い布とオレンジ色のわっかを頭にきれいに巻きつけてくれたので、写真を熊ちゃんに撮ってもらう。それからゆっくり交渉・・・「15ドル」と言うので、Shioriちゃんと「二人で買うから一人10ドルにしてよ」しかし、13ドルにしかならずに最終的には諦めた。あのような物を買っても今しか使わないのなら、13ドルは高いと判断。内心10ドルでも高いと思っていたのだから、13ドルではダメだ。11時40分にはバスに乗り込み出発。けんちゃんも叔母もTシャツを買ったようだ。またすぐに「モーゼの泉」に立ち寄った。モーゼの泉はあちこちにあるのが判明・・・早くペトラへ行きたいので、だんだん有難いのも消えて来た。14時になってやっと憧れの地ペトラに到着。遺跡は見えないとわかっていても街を見ただけで興奮!「もう食事しなくてもいいから、早く見に行きた〜い」と言っていたが、こんな時に限って食事のサービスが遅くてイライラ。メインとデザートは一緒に出してもらって、15時にGO!となった。15時10分にはツアーに組み込みの馬に乗ってシークと言う遺跡への細い岩間の歩道入口まで行く。もう気分は「インディー・ジョーンズ」の世界!乗馬は何度か経験済みだったが、お尻が当たって痛くて、カッコよくは走れなかった。さぁ〜、いよいよ岩間から光りを浴びたバラ色のエル・ハズネを見る日が来たのだ・・・。シークの入口から全員で徒歩で入って行く。後でわかったが、馬、ラクダ、馬車などが行き交っていた。叔母が足が良くないので、あるなら言っ欲しかった。道は平坦で約100mの岩間のために陰となっていて涼しく快適だった。ナバティア人の水路跡やたくさんの岩を掘った神棚があって、エル・ハズネまでの1.2km間も面白い。約30分後に我々はそこにいた。ガイドさんの説明を一生懸命に通訳してくれているT/Cさんの指差す方向を見ず、少し先に行った人々が立ち止まって、カメラを向けている方向へ私は引き込まれるように進んで行った。空気が変わった。動けなくなった。そう、あのエル・ハズネが目の前に突然岩間から見えたのだ。う〜ん、今回はこのために来たようなもの!固まった体で写真を撮る。皆同じようにここで立ち止まって「Oh!」 写真を見過ぎて来るとペルーのマチュピチュのように確認に来たようで「あら、写真のまんま」で感動が薄くなる。今回はあまり写真も見ずお勉強もほとんどせずにやって来た。岩間からの光が写真で見るよりは薄いような気がした。けんちゃんに確認すると「そうですよね」同じことを考えていたようだ。「もしかして、よく見る写真は午前中かもね」明日の船のスケジュールが急に変更になったので、午後遅くからやって来たからだろうか・・・。少々ガッカリの私たち。それでもエル・ハズネを目の前にして興奮して、ガイドさんと通訳するT/Cさんの説明はBGMにして、たくさんの写真を撮り続けた。内部へ入って見ると何もなく、きれいな壁だけで広々としていた。振り向くと写真を向けて立つ人々がいる広場とシークが見えた。私はあのエル・ハズネの中にいるのだと言う実感がわいて来た。叔母の足を気使って「ここで休んでいる?もう少し歩いてローマ劇場まで行くみたいよ。同じ道を通って帰って来るからここで座って待ってて!」と声をかけた。叔母の友人のKさんは2度目だけど、「行く!」とお元気。ローマ劇場の観客席へ登って撮影したら、舞台の奥に「王家の墓」と呼ばれる岩掘墓群が見えた。一つ一つのお墓が巨大な岩に彫ってあった。ここの近くにあったShopでサウンド・ボトルの作成を見せてもらい、休憩して解散となった。ペトラ遺跡は18時で終了する。時計を見ると16時半前だった。暑い日だった。叔母のことも気になり、戻ることにした。最初にスケジュール変更の通知をもらった時、「冗談じゃないわ!」って思ったが、来てみてわかったことは・・・ここまででも充分大変だったってこと。これは今日1日のスケジュールがきついのもあり、死海で泳いだのも疲れの原因?翌日の終日ペトラだったら、修道院跡の「エド・ディル」へはやはり行っただろう。エルハズネまで戻るともう叔母はいなくなっていた。きっと同じ道だから帰ったに違いないと思い、我々も帰ることにした。夜もう一度ここまで徒歩で来るのだと思って「体力温存のために馬車で帰ろうよ」と提案。5人で交渉して一人15ドルのところを10ドルに値切って乗った、男性と女性で分乗。そして、競争しながら帰った。平坦でも舗装してある場所と石畳もあるので、振動が体に伝わって怖いやら痛いやら楽しやらで大笑い!Shioriちゃんは笑いが止まらず、それも可笑しく私も叔母友Kさんも大笑い!途中で後から走って来た男性チームに追い越されてしまい、悔しい思いをした。シークの出口で「後5ドルで出口まで送るよ」と言ってくれたのでお願いした。途中で叔母が歩いていたので、拾ってもらい進んだ。聞くと、熊ちゃんたちは二人で追加5ドルだったようだが、我々は3人で一人づつ5ドル払ってしまった!これまた悔しいったらありゃしない(ー_ー)!! 出口横のホテル「ゲスト・ハウス」に到着したのは17時半前だった。プールをフロントで訪ねたら、「同系列のクラウン・プラザ・ホテルにあるよ」と言われ断念。そのままお部屋に入ってシャワーを浴びて、休憩した。夜は部屋食にも飽きたので初めてツアーの夕食へ行ってみた。ブッフェだったが、今までランチであったような物で、食欲はまったくわかない。20時半からの「キャンドル・ライト・ツアー」に若者?!4人で参加。他の方々は今夜も不参加。せっかくここまで来ていて・・・と思ったが、これもハード・スケジュールだったからかもしれない。Kさんも叔母もグッタリしていた。一旦部屋へ戻って5分前にロビーへ行くと、けんちゃんがいない。すでに行ってしまったと思っていないのかも・・・と3人で話して行ってみたら案の定すでに大勢の外人観光客に紛れていた。思った以上に多い参加者にきっと素晴らしいのだろうと確信する。中には少し日本人もいたようだ。イタリア語、韓国語、ドイツ語、英語、中国語、フランス語、スペイン語・・・世界中の人がここにいる。インフォメーションは英語だった。ロウソクの明かりだけで我々をスークまで導いてくれた。街ではあまり星が見えずにガッカリしていたが、スークまで来ると満天の星が頭上に広がっていた。シーク入口でのアナウンスでは「聖なる場所だから最初の15分間はおしゃべりしない、写真撮影禁止、シングル・ラインで歩くように。帰路は自由」と言われ、エル・ハズネでの音楽やお茶のサービスのことも説明していた。それから約20分。キャンドルだけを頼りに狭い岩間を歩いた。昼間に見上げた岩壁の間から見える星は今までに見たことのないほどの数で「日本一星が見える街の一つ」の田舎を思い出した。エル・ハズネに到着してまた体が固まった。広場に置かれた無数のキャンドル灯がエル・ハズネを浮き上がらせていたのだ。これはいったい誰が考え出したのか・・・素敵な演出に涙が出そうなくらい感激!我々の中でここに電気の設備があったかどうか話題となっていた。何らかの方法でエル・ハズネがライト・アップされていると思って来たのだった。それぞれが言葉もなく分かれた。私はイスを探して腰掛け気持ちを落ち着かせ、その目の前の幻想的な現実を直視した。そのうち笛が響いているのに気が付いた。生演奏に聞こえてならない。しかし、どこを見ても笛を吹いている人はいない。個々に熱いお茶をサービスされたのも、嬉しかった。そのうち、真っ暗な宝物殿の中から笛が聞こえるような気がしてきた・・・そちらをジッと見つめていると、白い服の男性が笛を吹きながら中央から出て来た。やはり生だったようだ。キャンドルの灯、笛の音、満天の星、この夜のことはきっと一生忘れないだろう!夜の写真撮影に皆相当苦労していた。私のデジカメには夜景モードがあったので、それで撮影してみた。薄っすらエル・カズネが映っていたが、暗い中の撮影のためにどれだけの枚数を撮影したか・・・。いつまでもいたかったが、ほとんどの人たちが戻って行った後の22時くらいに引き返すことにした。途中でShioriちゃんが大きな音に気が付いて「あっ、花火」」と指差した。そちらを見ると、まさに花火が夜空に広がって落るところだった。「ラッキ〜、今日は朝から本当に充実していたね〜♪」上がる花火も見ながら、おしゃべりもしながらも急ぎ足で帰って来たら、遺跡への入口まで30分だった。花火は昨日独立記念日で連休だから上がったのだろうか。23時前だったので、叔母たちはもう休んでいると思いながら、ホテルの外のCafeでお茶することにした。星空を見ながらの夜中のカフェ・バーで、熊ちゃんもけんちゃんも水パイプに初挑戦。アップル味の水パイプは甘くいい香りだった。23時半頃に部屋へ戻った。もちろん、二人は爆睡中だったと思うが、叔母を起してしまった。ごめんなさい!久々にPCが繋げるホテルだったので、電話代も気にせずに画像など送った。明日の精算が怖い。結局休んだのは1時半くらいだったと思う。今朝は4時半から起きて夜は23時半まで遊び、これからシャワー・・・、明日も4時半起き。過酷なツアーはまだまだ容赦しないのだ。
海抜0地点 朝の7時前
死海までもうすぐ
死海でプカプカ中の
けんちゃんとかなづちミンメイ
ネボ山にある記念碑 ローマ法王様が2000年に
いらした時の記念碑
ブーゲンビリアの咲くネボ山
奥に丸い記念碑がある
モーゼ終焉の地に
十字架が天を仰ぐ
アラビアン巻きのShioriちゃんと
エスニック・ブラウスのミンメイ
ネボ山から見下ろした風景
左が死海。奥はイスラエル
教会内部 モザイクが完璧に残っている 中央祭壇 右のチャペル
ステンドグラス(モーゼ) 入口の上のバラ窓 モザイクの花柄のパッチワーク クマちゃん・・・ノーコメント!
マダバの聖ジョージ教会 左のギリシャ正教の鐘 正面から祭壇方向を撮る 床のモザイク古地図6世紀
聖マリア教会 
モザイク学校が隣接する
名前のわからない白い花
マバタの駐車場にて
モザイク作成中の女性
目が印象的!
アラブ風に巻いてもらって
ご機嫌♪のミンメイ
モーゼの泉:モーゼが杖を
突いたら水がここから出て
来たと言われている
砂瓶
砂を入れながら作業する
職人芸は見事
夢にまで見たペトラ
岩山と街が見えて来た

胸の高鳴りが聞こえそう
遅い14時半のランチは
食べなくてもいいから
早く行こうよ〜♪気分
入口からシークまで乗った馬
インディー・ジョーンズごっこ
の始まりぃ〜♪
シークまでの間にあった
オベリスクの未完成宮殿

ペトラとはギリシャ語で「岩」
シーク入口右にあった木
実なのか花なのか・・・
シークはエル・ハズネまで
続く細い道

平坦で歩きやすい
馬車、馬、ラクダ、ロバが
走っていた
水路の溝
遺跡まで彫ってあった
所々には未完成の
祭壇?
ストーン・ブリッジ
青空が眩しい
世界遺産ペトラ遺跡の
エル・ハズネ 「インディー・
ジョーンズ」に出て来る神殿

一瞬、体が固まった
やっぱりバラ色だった
嬉しくって両手を挙げて
記念撮影

叔母はこちらで休憩
我々5人はローマ劇場
まで歩く
エル・ハズネは宝物殿だった
ようだ。正面右の彫刻
未完成なのか
崩れたのか・・・
エル・ハズネ内部より
振り向いた広場の様子
あの中央がシークと言う細く
長い古代の道
何もない
エル・ハズネ内部
正面の柱はコリント様式 柱の間から振り向いて
青空を見上げる
エル・ハズネ左正面にあった
未完成の神殿?
天国への階段
TV「世界不○議発見」で
クイズになったらしい
トロのような岩肌
多彩な色の岩はそれを
見ているだけでも楽しい
ローマ劇場 ローマ人たちは
やはり偉大だ!

33列で3500人収容
ローマ劇場舞台は
音響効果も
ちゃんと計算済み
舞台の奥には王家の墓
アル・フブサ山が
見える
左の画像の奥に見える
アーンの墓と裁判所

大きなお墓にピラミッドや
日本の古墳も思い出す
ラクダに乗ってやって
来る観光客

歴史を感じる道
古代の人たちと同じ道を
歩いて来た
帰りは熊&けんちゃんの
馬車とShioriちゃん、Kさん
ミンメイ組みの馬車と競争
我々が男性軍に追い
越されて負け・・・残念!

Shioriちゃんは到着する
までず〜〜と笑いっ放し
20時半からののキャンドル・
ライト・ツアーに参加。18ドル
エル・ハズネまで導くのは
素敵なロウソクの灯りのみ

足元に注意!
最初の15分間は聖地なので
写真撮影、おしゃべり、
懐中電灯使用禁止
満天の星、流れ星
キャンドルの灯
笛の音、暖かいチャイ
古代にタイム・スリップ


この余韻の中で朝を
迎えてもいいと思った



2005年05月25日(水)晴れ、33℃
ダマスカス〜ボスラ〜アンマン

17時、やっとシリアから今日が独立記念日であるヨルダンへ入った。ここにも憧れのペトラ遺跡群があり、どうしても来てみたかった所。自分のこの目で神秘的な岩山の奥にひっそり建つ「エル・ハズネ」を確かめてみたかった!17時50分には両替とお買い物して国境を出発。19時05分にはホテルへ入った。流石にアンマンの4星ホテルではサイトの画像だけのUPと掲示板を覗くことが出来て嬉しかった。バス車内で頑張って画像を縮小し、画像だけはすぐに更新出来るように貼り付けてはいた。しかし、何日間もどのホテルもバスタブがあっても栓がないので、お湯を溜めて入ることが出来ないのは辛い。やはりゴルフボールを持って来るべきだったと後悔。叔母達もかわいそうだ。これって旅行約款では返金の対象となるのだが、T/Cさんが大変だし、部屋を換わるのも面倒だしと、一度もT/Cさんへ言っていなし、我慢するしかない。温泉の元があるが利用できないのは淋しい限り。ヨルダンでは霧島温泉や、草津温泉に入れるのだろうか・・・と考えながら、22時45分にはBEDへ入った。明日から強行スケジュールが待っている。
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