イギリス(2005年)
★2003年までののイギリス旅日記
★2004年のイギリス旅日記
2005年08月29日(月)晴れ、25℃
ロンドン
ケンジントン・ガーデンの門 ホテル前 |
静かな高級住宅地 ホテルの裏方向 |
ボーイスカウト本部 | パウエルさん |
自然史博物館と 地質学博物館 |
正面中央 | 正面入口(無料)10時OPEN | お城のような建物 夜のライトアップもきれい |
建物を見に行くのもいい きれいな柱も見所 |
正面を入るといきなり 恐竜のディブロドクスが迎える |
サイより何倍も大きな シロナガス鯨 |
きりんやぞうより大きく、 人間が小さく見える |
自然史博物館 魚、両生類、昆虫から、恐竜、 人生物学、哺乳類、化石、 エコロジー、節足動物、鳥類、 鉱石、隕石、霊長類などの展示 ダーウィン・センターもある 地質学博物館 天体としての地球、地球の資源 |
開館時間 月〜土:10時〜17時50分 日:11時〜17時50分 最終入場:17時半 12歳以下は大人と同伴 写真撮影可 |
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Cafeもレストランなど3ヶ所ある | 博物館の庭の青い可憐な花 |
2005年08月28日(日)晴れ、25℃
ロンドン
アルバート公記念碑
昨日、2組4名様と入って来たロンドン。人数が少ない分、問題発生率は少ないはずだが、ゆうべはホテルで「トイレの水がタンクに溜まるのが遅い」と女性の親子さんはお部屋を移動。その後、随分経ってから同じ親子さんが「お風呂へ入ろうとしたら、お湯は出るがお水が出ない(この問題は逆はよくあるが水が出ないのは初めて!)」と言ってはまたお部屋を移り・・・と、お疲れなのにお気の毒だった。夜はスタッフが少ない。「部屋は他に空いているから鍵を取りに来て」と言われ、私も部屋着になっていたが、2回とも着替えてフロントへ行った。人数が少なくても手がかかることはあると思いながらお手伝いした。このホテルは初めてだが、今後問題ありのホテルとして帰国後会社へ報告したい。 今日は月曜日のバンク・ホリディーとの3日連休の中日。先週から涼しくなっていたロンドンだったが、今日は朝方だけが薄手のセーターか上着がほしい気温。ベンツのミニバスが来てくれたので、どこへ行くのも小回りが利いて、ガイドさんもたくさんサービスして下さった。2組とも「団体旅行は初めてです」とおしゃっている。昨日、ロンドンのヒースロー空港ターミナル3では入国に約1時間並んでいただいたが、その時にも「荷物を取ったら地下鉄でホテルまで行くのですか?」の質問に新鮮だが驚いた。伝統とモダンが一緒になった街ロンドンはテムズ川の北側を中心に見学していただく。残念なのはバッキンガム宮殿の衛兵の交代式が今日はない。8月に入って1日おきとなったようだ。それを知らずか今日も観光客がいつもの行進時間の11時過ぎにたくさん集まっていた。9時過ぎに走ったピカデリーサーカスも12時に食事のレストランへ行くのに通過した時とはまったく様子が変わり多くの人々で賑わっていた。飲茶のランチ後、皆さん街売りのウィンザー城へのオプションにご参加だったのでお見送りして、フリーとなった。久々に旧友のガイドさんと会い、ロンドン情報をget。最近発表のミシュランのTOP10のレストランの上位3位までがイギリスのレストランと聞き、我が耳を疑った。大笑いして「ホントなんだから」と熱く語るが、私も「信じられな〜い」 7月に行ったバリ島で会った同じ音楽事務所にいた仲間のMちゃんの話題も入れ、楽しいティータイムとなった。ホテルへ戻り、明日の準備とパリへのオプションのオーダー、ホテルへのリクエストのFAXをした。いつもあっと言う間に終わるロンドン滞在。最近、ロンドンも近代的で洗練されたお洒落なビルが増え、SHOPも変わってきている。日曜日もお昼前からOPENするSHOPもある。特に夏の営業は多いようだ。私がロンドンにいた頃は日曜日は全店がCLOSEしていて当たり前の時代だった。次回は少し歩いてみたいと思う。ノッティング・ヒルではカーニバルが行われていた。午後には行ってみる予定だったが、「危ないから近寄らないように」と言われた。ヨーロッパでも一番大きなカーニバルの一つだが、毎年怪我人やひどい時は死人も出ると言われているようなので、断念。 |
ロイヤル・アルバート・ホール | セント・ポール寺院 | クリストファーレン設計 |
2005年03月27日(日)雨、8℃
ロンドン・ヒースロー空港(乗り継ぎ
ターミナル4に常に置いてあるコンコルド
パリからの乗り継ぎでやってきたヒースロー空港
今日は窓際に乗っていたので撮影成功!
2005年03月23日(水)晴れ、13℃
ロンドン
今日は朝7時に起き、TVで日本語放送をすぐに見た。高校野球(神奈川県代表と岡山代表の対戦)と九州北部の地震が気になっていた。しかし、地震はまだ余震が続いていると放送したが、野球に関しては何も放送がなく、ネットでスポーツ・ニュースを見た。雨のために延期になっていた。 9時に出発して、春の花々が咲くウィンザー城へ行き、外観から見学。内部見学はフリーとなった。随分、内部見学をしていないので、今日は入ってみることにした。4月4日がチャールズ皇太子とカミラさんとの結婚式でここで披露宴パーティが開催される。もう一度あのーウィンザ城の火事で焼け、今回パーティ会場となるホールを見ておきたかった。コレクションの絵画、調度品はもちろん食器、ドール・ハウスも素晴らしい。兵器はあまり興味ないが、初めて見る人は驚くだろう。甲冑を見るとこんな重そうな物を着て、戦っていたのかと疑いたくなる。花を写真に撮りながら進み、久々に教会へも入ってみた。パイプオルガンのパイプに装飾が施されているのに気が付いた。今まで見たパイプオルガンでこんなのはなかったと思う。大英帝国の煌びやかな昔の名残だろう。 今日はジュネーブまでの飛行機はウィンザー城近くのヒースロー空港ではなく、東のガトウィックだった。何かあれば大変と食事を11時15分にし、12時半前には出発した。高速道路で事故渋滞にはまった時には、困ったがすぐに流れ出したので、13時半過ぎには到着し、ホッとする。チェック・イン・カウンターはイースター・ホリディのためか、長蛇の列。子連れの家族が多い。グループ・チェック・インをお願いし、特別に2カウンターを確保出来たので、20分で終了。ガイドさんとお別れして、ゲートへ向かった。満席の機内ではいつ飛び立ったのか知らないほど熟睡してしまっていたようだ。スイス入国後、機内に忘れ物があると報告を受け、アシスタントさんと行ってもらうとロスト&ファウンドへ行くとすでに届けられていた。荷物が1個出て来なかった・・・二人でまたロスト&ファウンドへ報告に行き、ジュネーブとパリのホテルを告げて、全員とバスで合流した。待っていた人たちの方がとても心配そうだったので、乗り込んだガトウィック空港に置き去りにされたこと、明日には届くことを報告し、喜んでもらう。 ホテルへ入るとよくお世話になっている会社の一般募集のグループが来ていた。添乗員さんも知っている人だ。いつ見ても暗い印象があったが、ここでも同じ。夕食も一緒だった・・・いつどこで会っても楽しく仕事しているようには見えないのだけど・・・、私の勘違いであってほしい。そんな中でこちらはお誕生日の人がいたので、時間がなかったために、前菜が始まってから、駅へプレゼントを買いに走った。この時間だからもう駅の22時までオープンのスーパー・マーケットしか開いてない。何を見てもスイスだから高い!思い切って、2000円ほどの小さなホルスタイン牛のぬいぐるみの入ったチョコを買った。スイスらしいからいいだろう!その人は記念すべき二十歳の誕生日をイギリスとスイスで迎えた。一生の記念になるだろう。そこでデザートが来た頃に、皆でHappy Birthday♪を歌ってお祝いし、プレゼントをあげるととっても喜んでいた。後で個人的にちゃんとお礼を言いに来たのには感心した。そんな中、隣の席にいた10人の大人のグループ。普通は一緒に拍手したり歌ったりするだろうが、何もしない・・・そんな余裕のない様子に何かツアー中にあった後かもしれないと思った。でもどんな状況でもこれが逆だったら、39名で隣の席の方をお祝いしてあげられた自信はある。 夜には来るかなと思ったロスト・バゲは来ないまま朝を迎えることになる・・・続きはスイス編へ |
お城の近くの町 | 街の広場 ガイドさん説明中 |
エルトン・ジョンの家の一つ | ウィンザー城へ続く道 |
ウィンザー城前で説明を聞く | 春の花が咲く花壇 | ひっそり咲く可愛い花 | ラッパ水仙 |
葉が萎びたように見えるが・・・ | 春咲きクリスマスローズ | クリスマスローズ | 城内の教会 |
城の前にあるホテルの レストランにてランチ |
エッグ・マヨネーズとサラダ | チキンのメイン | 2色アイスクリーム |
2005年03月22日(火)雨、13℃
ロンドン
今回で4回目をなるここの病院関係のお仕事。アメリカのテロ事件で中止になってから久々にお仕事いただいた。看護婦のたまご37名と先生(正看護婦)2名の女性だけの39名様とロンドン・ジュネーブ、パリへの視察旅行に来ている。打ち合わせは16日に水戸で行われた。電車から見た偕楽園の梅も満開で気分いいスタートとなった。成田から直行便でやって来たために、ホテルに18時(日本の夜中の3時)前に到着。19時からの夕食はブッフェだったが、皆さん食欲もあり、お元気。日本語放送があり、まだ続いている九州北部の地震のニュースも入って来る。不安な日々を送っていると思われるが早く治まることを祈る。右のチケットは40人分の格ポーショんん別にへのチケット 今日は朝5時45分に目が覚めた。外はもう明るくなっており、日が長くなっているのがわかる。イースターの週末にはいよいよ夏時間のスタートとなる。7時55分が集合時間だったが、誰も来ない。通訳3人さんも心配で1階上のフロントのあるロビーへ探しに行って下さったほど。私も不安になって行ってみるが、2名しかいない。結局、出発出来たのは8時5分。雨で大渋滞の中、ちょうど9時に黄色いスイセンの咲く大きな病院に到着。集合写真を撮ってから、大型の病院内へ。代表のドクターから病院の歴史、設備、医療関係、学校の説明を受ける。1828年2月14日にOPENした。フリー・ホスピタルという名前の通り、無料で治療が受けられる。手術しても、子供を産んでも、個室に入っても差額徴収などない。体1つで入ってきて体1つで出て行く。自宅でも訪問看護も出来、それも何もかもが無料。1000Bedsあるこの病院は年間には述べ50万人を治療する。平均入院が2.4日。自宅訪問看護も徹底しているので、どんどん自宅へ返す。しかし、いいことばかりではない。痛みだけで生死にはすぐにかかわらないと判断されたら、治療など数ヶ月後の予約となる。予約の日が来た時にはもうすっかり治っていたと言う事も多いようだ。すぐに治療をして欲しい人は私立病院へ入ることになるが、何をしても費用がかかるので相当な大金持ちでないと入院も出来ない。1泊200ポンド(約40000円)ほどかかったりするようだ。この病院は4680人が働く。ドクター720人。看護婦、看護士、助産婦さんで1615人(学校もあるので、実習生含む)。日本とは医療制度が違うので比較も出来ないが、後回しにされない妊婦さんにはとてもいいようだ。日本人の看護婦さんが5人くらいいらっしゃるようだ。頼もしい!バスの中で「皆さん、活発に質問して下さいね。」と言ったからか、どんどん質問してもらえて、受け入れ側も喜んでいらした。質問が1つもない視察など、本当に真面目にお勉強に来たのかと思うこともしばしばなので、バスの中でのお願いとなった。 説明終了後は3班に分かれて内部視察。我々は12階の年配者の病室から、小児科病棟など見学。どこの病院も同じなのは小児科は保育園のような雰囲気で、壁もどこも絵がいっぱいで楽しい。日本のような「けんけん」の遊びが出来るように廊下にもなっていた。 少し時間があったので、午後観光予定のバッキンガム宮殿の車窓案内をしてから、ランチ・レストランへ行った。ピカデリー・サーカスと言うロンドンの一番の繁華街のすぐそばにある。久々にサクサクで美味しいFISH&TIPSを食べたような気がする。朝食が早かったこともあり、ほとんどの人が完食していた。ライセンス持ったガイドさんとここで合流して、まずはナイチンゲール博物館へ行った。一度に狭いフィルム・ルームに入り、日本語のヴィディオで説明を受ける。展示物をそれぞれ見ていただき、お買い物して、バスへ。ビッグ・ベン&国会議事堂をいつものように見て、ロンドン塔で写真Stop。最後は紅茶のお買い物時間を少し取ってホテルへ帰って来た。 |
ROYAL FREE 病院 | 会議場で説明を受ける | ラッパ水仙 |
セント・ジェームス・パーク バスの中より |
公園内に咲き誇る水仙 バスの中より |
バッキンガム宮殿 バスの中より |
HARYY RAMSDEN‘S FISH&TIPSで有名なレストラン REGENT PALACE HOTEL 0270-287-3148 |
珍しくサクサクの衣が 美味しいFISH(鱈) &TIPS ピカデリー・サーカスより 徒歩3分 |
パンのプディング レーズンがたくさん! |
ナイチンゲール博物館 20分の日本語フィルム上映あり |
博物館の横の セント・トーマス病院 |
フローレンス・ナイチンゲール クリミア戦争で活躍 |
館内の受付とSHOP 奥に展示物、映写質がある |
SHOPで人気の 包帯をしたくまちゃん |
ウエスト・ミンスター寺院の裏手 バスより |
テムズ川沿いの ダリのオブジェ |
ビッグ・ベンと 国会議事堂 |
ロンドン塔 1078年建立後、建増が続いた |
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