旅の空から
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スイス2005年
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2005年07月18日(月)晴れ、27℃
ツェルマット〜レマン湖〜ジュネーブパリ

7時50分の電車で静かな朝のツェルマットを後にした。
今日は風が強くて大噴水は上がっていなかった。モンブラン山も見えていない。
ジュネーブでは1時間強のフリータイムを取り、食事をしていただいた。
私は12名でイタリアンへ入った。「MOLINO」はサービスも早くどれも美味しい。
MOLINO 
PALACE DE MOLARD 7
022-310-9988
モンブラン橋から徒歩7〜8分
高級ブランドが並ぶ通り近く
支店がスイスの各都市にある
外にはパラソル席、内部のレストラン
写真は地下部分で広い
夜はちょっとお洒落した方がよさそう

ピッザもパスタも美味しかった






2005年07月17日(日)晴れ、27℃
ツェルマット

お花畑のアルプス(マッターホルン)

昨日インターラーケンからカートレインに乗り、バスを乗り捨てて電車で上って来た華やかな田舎街ツェルマット。電気自動車が動き周り、たくさんの観光客が街を歩いていた。日本人ばかりが目に飛び込むのは何故なのか・・・。街をオーディオ・ガイドで案内しながら歩く。いつもの教会の階段の上に立ち、「は〜い、こちらから今マッターホルンがきれいに見えていますよ〜・・・明日はどうなるかわからないので、写真を撮っておいて下さいね〜」皆さん慌ててカメラを出しシャッターを切る姿が面白い。夕食時には小雨となり、ガッカリさせたが、今朝は真っ青な空が広がっていた。出発前から皆さん興奮状態。「このグループはきっと聖人が多いから・・・」が口癖のおじ様。「これはミンメイさんの日頃の行いがいいせいだよ」そして、「このグループは聖ミンメイ(苗字を付け)グループと名前を付けよう」と嬉しい提案。会社のアイテナリーは9時過ぎの登山電車になっていたが、2つも前の電車へ変更!「さぁ〜、行きますよ〜」「は〜い」ニコニコ顔で皆様もう80%満足と言うようなお顔。ゆうべは雨だったからこそこのお天気の変化が嬉しい。眩しい朝の太陽を全身に受けながら駅へと急ぐ。駅はこれから上る観光客であふれかえっていた。しかし、どう見ても日本人のGRPばかりとしか思えない。外国から来た人は昨日の雨で諦めて朝寝を楽しんでいるのだろうか・・・。日本人は忙しいツアーが多いので、雨でも雪でも電車が動いていたら上らないとスケジュール消化出来ないのだ。電車ではバラバラで好きな車両の右側へお乗りいただいた。オーディオ・ガイドの送信機で説明していたら、他のツアーの方々が「あら、いいわね〜・・・これで皆さんが聞いているの?」何だか優越感!これをお持ちでないT/Cさんはあちこちへ散らばった方々へいろいろとお話して回らなくてはいけない。私のようにオーディオ・ガイドを持っているT/Cさんで、イスに座ったままガイドブックを広げて読んでいる人もいた。3日前には雪が降ったという終点の駅までの間、小動物がふざけあっていたのを見た。モーマットではないリスのような長い尻尾を持っていた・・・いまだに何だったのかわからない。終点駅のゴルナーグラードは展望台に続くホテル・レストランが工事中。逆に何もなかった駅がきれいになっていた。駅前は満杯の日本人グループがプロの写真屋さんの順番を待つ。今回の会社は全員でのプロの撮影は禁止なので、無視して展望台へと進む。モンテローザやリスカムなどの4000m級の山々が顔を出し、迎えてくれた。「もう言うことないね〜」それぞれが記念撮影をし、じっくり山と向き合っている。約1時間後、電車で1つ下り、雄大な自然の景色の中の1部分となり、ハイキングを楽しんだ。空気も美味しく、谷間を吹き抜ける風も爽やか。照りつける太陽は背中に直撃している。まだまだお花もきれいに咲き、蜂がぶんぶん飛び交っていた。TOPに煙が上がっているような雲がある山マッターホルンは小さな湖に姿を映していた。漣もないリッフェル湖での撮影は出来るだけ、湖の近くの石の辺りがいい。その後、ハイキングは途中で二手に分かれた。人数の多い方について行くことにした。どちらにしても1列で日本人が歩いているコース・・・迷いようがない。会社の行程表や募集パンフレットには「ハイキングにはT/Cは同行しない」と明記してある。きっと一緒に歩いていて何か事故があったら困るのだろう。ハイキング・ツアーには山のガイドさんが同行するからいいが、好き勝手にやるハイキングには責任は持てないってことか。それでもやはりハイキングの提案だけをしてお客様を置いて、一人で下山することは出来ない。右へ行く短時間コースは高低があって膝を使うので、あまりおすすめしたくない。しかし、普通のハイキングと言うとこちらへ行き、下へ早く下りて、他の展望台へ行きたい方、他でもハイキングをしたい方が選ぶ。もう一つは左からぐるりと右へ周り同じ1個下のりッフエルベルグ駅に到達するコース。こちらの方がもっと雄大な景色を一人占め出来るような気がする。まるで「マイ・マッターホルーン」 おにぎりをホテルからいただいていた。お客様もおにぎりを持っている方があり、一緒にマッターホルンを眺めながら食べるつもりだった。しかし、短距離コースの中にはおにぎりをオーダーした方はいらっしゃらず、レストランで食事する方もあれば、他の展望台へ行くからと電車に乗って下山する方もあった。それから約30分お待ちしていると1組のご夫婦だけが先にいらっしゃった。そして、「あのね〜伝えてって言われたの・・・おにぎりは食べてからここまで来るって」との伝言に絶句!私も一緒に食べたかった!この駅近くのホテル・レストランで食事していた方々はもう次の電車でツェルマットへ帰ろうとされていた。そして、やっと私はおにぎりを食べる時間が来たと言うのに、一人なのだ(/_;)その方々のお話では、他にもたくさんおにぎりをオーダーした人がいらっしゃったと思い込んでいたとのこと!いつものように全員一緒に回ることにしたら良かったと反省?!私はたくさんの情報を差し上げて、危険でない限りどんどん個人で動いていただきたいと思っている。団体旅行だからといつも皆で一緒に動かなくてもいい。そのためには出来るだけのことはしたいと思っている。「全員で・・・」とコントロールするのは簡単だが、お金を出し遠い所まで来ていただいたご本人の夢を実現していただきたい。
明日の夜はもう最終目的地のパリ。その前にジュネーブで6名の方々とお別れする・・・その中のお二人は私をこのコースにリクエストして下さった方々(2004年5月スペインへ行った方々で、最後のマドリッドで美味しい食事をご馳走になった)で、最初は人数も多かったが減って結局お二人でいらしたようだ。最初から2名様ならリクエスト受けは絶対なかっただろうと思うがこれもご縁、大切にしたい。
街の様子  毎年変わらず
たくさんのお花で
観光客を迎える窓辺
街の教会
アルピニストの眠る
墓地もある
15時頃街より撮影
教会の手前左方向の橋
からの撮影は朝焼け
の山も素敵!
こんな電車が走っていて驚いた
オープン・トレイン
たまたまマッターホルンが
写っていてそれにも驚く






2005年07月15日(金)晴れ、32℃
インターラーケン〜ユングフラウ・ヨッホ〜グリンデルワルト〜インターラーケン


登山電車を止めた山ヤギたちが壁と線路の間を歩く
右は電車、奥の右壁から体がはみ出ているのが20頭程の山ヤギ軍団

目覚ましで6時過ぎに起き、すぐに窓から空を見る。青空だ。しかし、TVのライブカメラでユンブフラウが雲の中にあるのを見た。それでもきっと晴れると信じる。朝食会場では暑いか寒いのかと質問攻めにあうが、きっと暖かいと思いながらも、仕事柄「お天気が急に変わって雨でも降ったら寒くなりますよ」とお答えするしかない。私といえば、半そでTシャツにウィンド・ブレーカー1枚で出た。それでもバッグにはホカロン1枚は入っているし、フードの着いたパーカーも1枚は持った。インターラーケン・オスト駅から乗った電車は新型車で、それも我々だけがファーストクラス。8人分の席とステップがあり上にも16人分の席があった。グリーンの枕が心地よい硬さで気に入った。頂上までずっと山もきれいに見えていて、大興奮のお客様方。お天気が悪いと無駄な努力をしてしまうが今日は言葉も気使いもいらない。大地には花々が咲き乱れていた。アルプス3大名花と呼ばれるピンクのつつじのような「アルペンローゼ」がも満開。熱い太陽が氷河を溶かし、川も滝も水量がかなり多くなっていた。アルプスの山々を満喫したお客様と逆周りでグリンデルワルトへ降り、1時間のフリータイムを取った。早めに駅へ行くとほとんどの方々が暑いので、駅構内のイスでお休みだった。電車へ乗り込み、もう出発と言う時に「お手洗いにオーディオ・ガイドを忘れたので戻ります。先に降りて行って下さい」と飛び降りたご夫婦。気になってホテルでお部屋に手紙を差し込んでお待ちしていた。1時間後に「バッグは見つからなかった・・・もしかして、電車に忘れたのかも・・・、あれば明日にでも取りに行きます」と報告を受けた。「え〜っ、オーディオ・ガイドだけではなくてバッグでしたか?」しかし、その中には貴重品はないと聞きホッとするが、オーディオ・ガイドが入っていたのがイタイ!グリンデルワルトの駅と日本語案内所へ電話してみた。なんと日本語案内所に保管してあった。有難い!お話によるとすぐそばのベンチにそのバッグが置いてあったとか・・・。お礼を言って電話を切ってお客様へ電話。しかし、もう夕食へお出かけだった。手紙を入れて、明日時間があるので取りに行ってもらうことにした。乗り換えもないし、往復チケットだけ購入したら大丈夫だろうと思う。パリのオプショナルの申し込みなどもあり、バタバタしている間に、皆さんはそれぞれお食事にいらっしゃったようだ。電車を降りた時に、オスト駅正面の大型スーパー・マーケットでお買い物をした方々もあって、お部屋でカップ麺を召し上がった方もあった。久々にNZ在住?!の知人(ヴィデオ・カメラマンさん)と食事に出かけた。評判のいいイタリアンへ連れて行っていただいた。予約しないで出かけたので、駐車場前の席を指差されたが、納得できない私は内部を指差す。仕方なく2名分の席をレストランの中に用意してくれた。次回は湖側のテラスを予約したらいいかもしれない。オーダーした食事は美味しかったが、もったいないと思いながらも量が多くて残してしまった。またチャンスがあれば行ってみたい。きれいな店内とフレンドリーなウェイター、沈む夕陽と刻々と変わる空の色、湖が印象的!遠くの街の明かりもはっきり見えるようになった頃、私たちはレストランを後にした。最近、インターラーケンには韓国料理屋さんもオープンしたようだが、観光客だけを相手にしているとオフ・シーズンに力尽きてたたむお店もある。次回はこちらをチェックしてみたい。
インターラーケン・オストから
乗った新型電車は
ファーストクラス席だった
布ではなく革張りのイスと
気持ちいい枕
ユングフラウ・ヨッホの
雪の原
ヨッホ駅で会ったイギリスの
女の子  パトラッシュの
リュックも見せてくれた
グリンデルワルト駅
横のホテルの窓辺
カフェになっている インターラーケン・ホテルの
バイロンの泊まった部屋
その部屋からの眺め
イタリアンでシーフードを
オーダー。とても美味しかった
夕陽の沈んだトゥーン湖




2005年07月14日(木)晴れ、29℃
フッセンインターラーケン

21時半頃の夕焼けのユングフラウ
 

今日も朝から太陽が強烈に輝いていた。8時に出発してリヒテンシュタインへ向かった。到着までの2時間半の間に、国境を3ヶ所超えるなんて、なかなか出来ない体験をしていただいく。まずはドイツからオーストリア国境、その後にスイス国境(免税手続きをする)。そして、リヒテンシュタイン国境だ。この3ヶ所だけなら、1時間ほどで超えて来ることになる。ファドーツではたっぷり時間があったので、皆さん全員をミニトレインへご案内。8スイスフランか5ユーロ。35分でファドーツ市内を走る。日本語テープでの案内。その間に私は皆さんのパスポートをお預かりし、観光局でスタンプを押していただいく。2スイスフランか1・5ユーロ。食事を済ませて、再度スイスへ入り(実際は川を越えるだけ)ルッツエルンへ走る。湖が見えると皆さん「わぁ〜、きれいね〜」 暑い中、ルッツェルンでは1時間のフリータイムを取り、カペル橋へご案内。今年のカペル橋のお花が今一つで残念。茶色の壁に同化してしまって目立たない赤いベゴニアとグリーン。白や黄色、ピンクが入ったら豪華に見えただろう。山を越えてインターラーケンに到着したのが17時前だった。一休みしていただき、18時45分にはオーディオ・ガイドを持って夕食へ出発した。明日の食事がフリーなのでその辺をふまえ「ここには日本語メニューがあります」などと、説明をしながら中央ののっぽの近代的なホテルへ向かう。今夜は18階の展望の素晴らしいレストランでミート・フォンデユー・ディナー。ユングフラウを眺めながら、食事していると山から飛んでくるハンググライダーに乗った人たちが、窓の外で手を振って喜ばせてくれた。このレストランからはブリエンツ湖もトゥーン湖も見えて、インターラーケン(湖と湖の間)の意味をお話するのに理解が早くていい。食後は自由解散とした。「夕陽を受けるユングフラウはとてもきれいですよ」とお話してあった。ほとんどの方がブラブラ9時半頃まで時間を潰し、ヘーエマッテ公園から上の写真のような山をご覧になったようだ。ホテルは日本語放送が入り、オスト駅に近いのが嬉しい。私はシャワールームが当たったが、暑いので問題なし。明日も晴れますように!






2005年04月18日(月)曇り、15℃
ジュネーブパリ

8時には全員の6名様がご参加のオプションのミニバスを見送った。私も行こうかと思ったが、ゴンドラ代や食事代がT/Cの分は入っていない。一人、ジッと下で待つのも嫌だし、精算にオフィスへ行く用事もあるので残ることにした。スイス・フランでないと受け取らないと言われて、結局2名様分は自分のクレジット・カードで落とす。昼食は近くの和食屋さんへ行ってみた。ジュネーブの和食は高いのをすっかり忘れて入って、メニューを見てビックリ。なんで山国で・・・と思いながら、それが一番お安かったので生チラシを頼んだ。35スイスフラン(約3000円)。お茶(2スイスフラン約180円)を飲みながら食事していると、次に入って来たスイス人に「今日の定食はしょうが焼きと・・・」はぁ〜???定食があったの〜?何故に私には言わなかったのか・・・隣には美味しそうなランチセットが出て来た!さっさと食べ終わり、出て来た・・・絶対にお客様に紹介してあげないんだから!T/Cさんを怒らすとお客様来なくなるよ!プリプリ(ー_ー)!! やっぱりパリは今回も皆でラーメン餃子となりそうな予感。
15時過ぎにミニバスが帰って来た。皆さんのお顔を見てすぐにわかった・・・「見えたのですね」「はい、見えました・・・昨日のことがあったので、見えていることが信じられなかったですよ」と興奮してお話して下さった。ガイドさんに聞くとマッターホルンまで見えたようだ。良かった良かった!
コルナバン駅で、スイスを出国して、フランスへ入国後、16時43分のTGVに乗った。ずっとおしゃべりを続ける関西の新婚カップルさん。すでに2日目には「よ〜しゃべりまんなぁ〜」と奈良のご年配の方に言われていた。「そうなんです。布団入ってもしゃべっていますから・・・」とおとなしい奥様。TGVの中でもずっとおしゃべりしていらした。気が付かないのかなぁ〜と思うが、それも旅の思い出。私は最初からちゃっかり空席を見つけ、少し離れて座っていた。しかし、ずっとそこにまでも声がしていたから、さぞや他の4名様は無視も出来ないし、お疲れだっただろうと思う。車内で和食弁当を食べ、昨日氾濫した川を見ながら3時間半でパリのリヨン駅に到着。おしゃべりさんのアップグレードの2名様と分宿になり、4名様と私で宿泊となる。そして、そのうちの2名様は9日間コースなので、明後日にはパリから日本へご帰国となる。ローマへは4名様と移動。またローマでもアップグレードの2名様とは分宿。結局、残る2名様と3人でホテルに宿泊となる。







2005年04月17日(日)雨のち雪、3℃
インターラーケン〜ユングフラウ・ヨッホ(−12.5℃)〜ジュネーブ
ドイツのロマンチック街道から入って来たスイス。この前日までのドイツ編はこちら

朝起きた時、雨が降っていてガッカリしていたら、そのうち大雪になった。どんどん積もって1時間ほどで真っ白になったインターラーケンからバスでラウターブルンネン駅へ向かう。「雨で見えないよりは雪景色がきれいだからいいわ・・・」などと、お客様から声があがってちょっと気分も楽になった。しかし、駅のすぐ横に見えるはずのシュタウバッハの滝も見えず、かなり視界も悪くなっていた。登山電車が動き出し、橋を渡る時にうっすら向こうに滝が見えた。上はどうだろうか・・・。場所によっては視界も数メートル。そんな中を上り詰めて電車はクライネシャイデック駅に着いた。この駅は日本のように電車を下りたらホーム・・・ではなく、そのまま線路に下りることになる。電車を下りようにも、下は20cmくらいの新雪・・・飛び降りるとズボッと足が雪に埋まった。レールもあるので気をつけながらホームへ上る。向こうに広がっているはずの3山はまったく見えない。次の電車でヨッホ駅まで登る。少しの期待も失望と変わり、展望台へも行かない人で構内はごった返していた。私もパリへオプションの電話連絡したり、友達に電話し、絵葉書を書いて過ごした。
高速道路から冬景色を見ながら、ジュネーブ空港まで走った。村によっては深い雪に覆われていたが、場所によってはもうすっかり溶けていたり・・・いずれにしても、ゆうべから今朝の雪だった。8日間のコースの2名様がパリへ先乗りされるので空港でお別れした。8名が6名となるとかなり淋しい。そして、また淋しいことにずっと一緒だった運転手のディートさんともホテル到着でお別れだった。お客様が大変お世話になり、道中たくさん得した気持ちをチップで表してくださるのは本当に嬉しいことだ。ホテルのTVで知ったが、スイスでは交通渋滞や事故で大変だったようだ。特にサン・ベルナール峠を越えて、イタリアへ行く観光バスが横転して落ち、17名(ゆうべのニュース)以上の人が亡くなっていた。もしかして、ユングフラウヨッホやレストランで一緒人たちだったかもしれないと思うと胸が痛む。山は見えなかったが、大雪の中、ちゃんとジュネーブまで来れたことに感謝したい。
突然朝から大雪に! 途中の駅もまるで真冬 クライネシャイデック駅
乗り換えで雪へ下りて驚く
下りて来たお昼には
雪かきされてた
新車両は中2階式 天井に
窓があるパノラミックに
なっている車両もあった
グリンデル・ワルト駅







2005年03月24日(木)雨のち曇り、13℃
ジュネーブ

今日は朝から雨で皆も元気がない。お友達のスーツケースがまだ届いていないのも原因の一つかも知れない。年間家賃が60000スイスフラン(現在のレートだと550000円ほど)と言う1919年5月5日に5カ国(日本・アメリカ・英国・フランス・イタリア)カンヌ医療会議で誕生した赤十字・赤月社連盟ビルへ行った。今回も日本赤十字社から派遣された日本人の方から世界中で活躍している赤十字委員会のお話など伺った。次に訪問したのは国連地区にある1863年に誕生した赤十字・赤月社委員会を訪問。お話を伺った後で、カフェにて食事。その後は博物館の専属の日本語ガイドさんがいらして下さって、約1時間じっくり見学していただいた。その間に私とガイドさんはホテルへ電話して、荷物の件を確認。すでにお部屋へ入れてあるとわかりホッとする。朝、空港へ電話した時には7時半にはデリバリーしたとアナウンスが入ったが、9時出発までに3回確認したけど、届いていなかった。曇り空を気にしながらの旧市街の徒歩観光は赤十字関連の建物や創始者アンリ・デュナンのゆかりの地を訪ねて歩いた。最後のジュネーブ大学のある宗教改革記念公園では小サイズの水仙が満開できれいだった。今夜は夕食がついていなかったので、毎回行っているレストランへロンドンから電話で「40人の若い女性だから、中央の席をお願いね」と予約。スイス民族音楽や歌が聞けるレストランでミート・フォンデューとした。そこでは異常に盛り上がってしまって、周りの人たちが白けていたのは申し訳なかったと思う。昨日のお誕生日の人にも「Happy Birthday♪」をお願いして、最高潮に・・あれほど大騒ぎして盛りがった夕食は過去になかっただろう。夜は昼過ぎからの耳鳴りも酷くなっており、グッタリ疲れてBedへ入った。
赤十字連盟本部のロビー
中央の水の音は癒効果大
赤十字・赤月社委員会
地下に博物館とカフェがある
後方にあるオフィス・ビル
連盟本部と離れた場所にある
ビルの駐車場にある
世界中を走る車
ミュージアムの中庭の
頭上の旗
旗が写る中庭には、後手に
縛られ目隠しされた人々の
オブジェがあり、ドキッとする
花壇にあった満開の
エリカの花
春の訪れを知らせる
ラッパ水仙
HCR
パル・デ・ナション
国連機関が集まる地域
赤十字創始者アンリ・デュナン
の通った高校
お化けが出そうだが、
今でも高校
約1時間半、アンリ・デュナンの
ゆかりの地を巡る
八百屋さんのきれいなレタス 窓辺のヒヤシンス 泉の足元にあった紫陽花 曇り空の元で元気をもらえそう


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