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旅の空から
ラインライン

ペルー2006年
★2003年はこちら
3年前の旅日記は時間もなく大変なので写真ばかり。それが今回何も役に立たなかったので、
次回?の自分のためにも、T/Cの仕事内容も少しはわかるような日記にしました。


マチュピチュ
主要観光地 標高(富士山3720m)
リマ
クスコ
マチュピチュ
ララヤ峠
プーノ
チチカカ湖
シルスタニ
フリアカ
50m
3400m
2280m
4335m
3855m
3800m
4000m
3825m
<持ち物>
スポーツ飲料の粉末、水のペットボトル、雨季なのでフード付きの防水着、夏でも高地は寒いので防寒着、帽子、サングラス、ビニール袋、履きなれた靴、リュック、日焼け止めクリーム、乾燥するのでリップクリームやボディ・クリーム、薬各種(風邪、胃腸、喉、酔い止め、虫除け、虫刺されに効く薬含む)、ティッシュなど
<機内持込手荷物>
スーツケースが出て来なくても困らないように、1泊分の着替えや絶対必要な物、使用中の薬、化粧品、歯ブラシ(飛行機によっては機内でもらえる)雨具など。
★他はこちらを参考に!

今回購入した物
今回購入した日本語の現地ガイドブック各10ドルとマップ3ドル
薬「SOROJCHI PILLS」20粒入り 約9ドル 8時間おきに1錠飲む
日本との時差:−14時間   出入国カード、税関申告書は機内で入手   出国カードは紛失すると出国不可能に。  往復USA乗り継ぎならUSAの出入国カード、税関申告書が2部必要。 各空港税がかかる。
今回は約52ドル   通貨:ソル(ソーレス)  1ソル=約35円、 1ドル=約3ドル
電源プラグ:日本のまま、BとCタイプも可(ホテルにもよる) 今回はB、C両方使用   
その他の情報はこちらペルー観光局


2006年01月26・27日(木・金)
リマ〜ロスアンジェルス空港〜成田空港

夜中の1時40分に飛んだ飛行機はB767で、エコノミークラスの最前列の席だった。いつ飛んだのかわからないほど熟睡していたようだ。7時に食事が出て目が覚めた。到着の時間に食事を出すかな?と思って旅程表を出して確認。ん?ロスだから時差がー3時間!きゃっ!私ったら、リマ空港へ向かうバスの中での帰国の案内中に「時差はないですから・・・・・」って自信満々に言ってしまった。頭の中は行きに乗り継いだニューヨーク・タイムとなっていたのに気が付く。食後、皆さまのお席へ。「すみません、時差がマイナス3時間あります」CAさんお二人は「知っていましたぁ〜」と笑う。流石!しかし、「言ってよ〜」と、少々不満気味!ロスでは入国に時間がかかり、案の定、またお一人が別室へ呼ばれた。到着から1時間後に荷物をピックアップして、税関を抜けて、鍵を開けて荷物預けの列に並んだ。EVで上へ登り、航空会社のカウンターへ進む。まだ早くてOPENしていなかったが、一般の人とは違う「WITHOUT BGG」の列に並んでおしゃべりしていたら、10分後OPEN。結局入国に時間がかかったとは思ったが、ちょうど良かったのだろう。ここで関西空港行きの7名様とはお別れだ。全員がそれぞれ希望の席を確保。関空行きのあの一番心配していた睡眠時無呼吸の方はアッパー・デッキのビジネス・クラス・シートとなったようでとても喜んでいらした。食事などのサービスはエコノミー・クラスだが席の広さは倍以上は違う。すべてが終わってもまだ9時前だった。成田行きが11時50分。関空行きは12時半。一応、関空行きの7名様にはお礼とお別れの言葉を述べて、解散した。成田空港行きの飛行機が出る前に関空の方々もゲートへ集合して下さっていた。写真を撮りあったり、メールアドレスの交換をしてお別れした。最後に一番今回ご年配だった62歳の方と握手していたら、涙が出て来た。しんみりとなってしまって、もらい泣きしている女性軍。本当に今回もいいお客様に恵まれて楽しい旅だった。満席の機内。我侭も言わずに与えられた席にお座りのCAさんたちにも驚いた。私は必ずと言っていいほど、一旦出て来た席を見ては変えていただいている。お客様より仕事柄後方には座れないので、今回も前方通路側にしてもらった。最初からそのようにして下さっている航空会社もあるくらいだ。機内では2本の映画「スケルトン・キー」「Mr.&Mrs。Smith」どれも3回目を見て、その後休んだ。途中で起きてPCレポート作成。今期の1本目らしいので、詳しく書く必要がある。成田に到着後、名古屋への国際便の6名様とは「乗り継ぎ」表示板前でお別れした。初日にニューヨークで破損のスーツケースの持ち主の新婚さんにも電話番号を告げ「保証するから何かあったら電話してね」とお別れした。成田空港で入国したのは熊本の新婚さんとCAさんと私の5名だけ。CAさんが「飛行機に酔ったみたいです」と同じように感じていらしたみたい。「私もそうなんですよ」ナスカの地上絵を見てその夜中から機内2泊は辛かった。それでも地方発の方ばかりだったので、CAお二人さんも私も一番早く自宅へは帰れる方だ。新婚さんは羽田空港から福岡へ飛ぶと言う。満席だったのかとも思ったが、一応一緒に国内線へ行き、訊ねてみた。何と空席があるという。それで羽田までの二人のバス代も浮き、大変喜ばれた。う〜ん、最後まで手抜きしなくて良かったぁ〜(*^ー^*)v長い長いホテル5泊機内3泊9日の旅が終了した!帰宅後、電話が入った。あの荷物の破損があった新婚さんが「名古屋空港ですぐに新品と交換してもらえましたぁ〜♪」と報告の電話だった。気になって2度ほと電話したが繋がらずにいたのだった。もうこれで完全に終わった!神秘的なマチュピチュはきっと何度行っても感動はするだろうが、高山病が怖くなっているのは確か。しかし、今はもう忘れて、ペルー珈琲を飲むのが楽しみ!




2006年01月25日(水)晴れ、35℃
リマ〜イカ〜ナスカ(機内より

ナスカの地上絵宇宙人」

5時半に起きて、6時半にはホテルを出発。8時10分の飛行機の予約が取れていた。チェックインはグループで出来た。そのまま搭乗券を持って、2階で空港税6.05ドル@一人を払う。その後、皆さんへ搭乗券をお渡しして、ゲートへと向かう。モニターで確認するとフライトナンバーは標示されているが、ゲートが出ていない。それなのに、出発時間は30分早い7時40分発となっている!皆さんへそのことを告げて、一応カウンターで確認し、搭乗券にも印刷されているゲート4へ急ぐ。出発までに20分しかないのに、エアー・コンドルの係員さんが誰もいない。ゲートが変わったのかも・・・。誰かに聞かなくてはと探すが他のゲートにも誰もいない。そのうちのんびり7時半になってやって来た日本人GRPのT/Cさんに「このフライト7時40分に変更になっているの知らないでしょ?ゲートはここですか?」と聞くと「ホントですか?」とキョトンとしている若いT/Cさん。二人で誰かいないかと戻るがインフォメーションはない国内線空港のようだ。ゲートへ戻って、セキュリティの人に電話で聞いてもらうことにした。その時点でもう7時40分。やっとわかったことは、時間は元の8時10分発でゲートは1番。そのうちスペイン語で何かアナウンスがあって、急いで人々が移動して行く。英語のアナウンスを待ったがない。こんな空港あるだろうか・・・。不安になり、エレヴェーターでまた戻ろうとしたら、ちょうどパイロットとCAさんが乗って来た。胸のバッジが乗るエアーコンコルド航空会社だった。訊ねると「僕達がこれから乗るよ」この一言でもう安心と思ったのは実は間違いだった。8時15分頃にゲート4で少人数の人々に動きがあった。知らない間に同じエアーコンドルの人がゲート4へ入って来ていた。しかし、そのゲートの標示はフライト番号も行き先も違う。でも・・・同じ航空会社のフライトなので、念のために聞きに行ってみた。「イカ空港行きはまだですか?ゲートは1番でいいんですよね?」「ん?イカはここよ」「はぁ〜?標示が違うけど・・・・」「あらそう?でも今搭乗しているのがそうなの」「ひぇ〜っ」恐るべしリマ空港&エアーコンコルド!若いT/Cさんにもお知らせして、「みなさ〜ん、ここですってぇ〜」と手招き。標示が違うので、皆さんも「いいの?」と言いながらバスに乗り込む。飛行機の前でもう一係員さんに確認。標示だけが頼りの英語さえも話せない人なら完全に乗っていないと思われる・・・それってどうなの?!空から見るナスカ飛行はこの航空会社が独占していると聞いた。ライバルがいたらこんなことは起きないだろうと思う。酷い話だ!自分のGRPをいいスケジュールで運行してしてもらうにはT/Cは一番に降りてイカの事務所へ行くことになる。それで一番に乗り込み、出口に近い席を確保。約1時間の全員の爆睡フライトが終わって、田舎のイカ空港に降りた。一番に降りて、すぐに事務所へ飛び込む。本日は119名のフライトの予約が入っていると言う。でも、完全に思い通りのスケジュールを組んでくれた。すぐにヴィデオ・ルームで「世界遺産」など観て約45分間時間調整。その後、12名乗りのセスナ機が出発。飛行機に弱い人はこの一番大きなのがおすすめ。その後5名様と私で1機出してくれた。約30分ほど飛んでナスカ上空へ移動。機内では今回もパイロットの「さる、いぬ・・・ハチドリ」の一言一言に「どこどこどこぉ〜?」「見えたぁ〜!」と、大騒ぎ。大人しかったCAさんたちもデジカメ片手に「ほらほらあそこぉ〜」と、大パニック!ワイワイ約20分程、左右に旋回してくれた。「OK?」との問いに皆で親指を立て「オッケーィ」と示し、拍手喝采!最後に1ドルづつチップを渡し、イカ空港で降りた時には足元がフラフラした。先の12名様には「はしゃぎ過ぎて疲れた」と言って笑われた。飛行機酔いした方が2名様あったが、予期していたことらしく、「吐き慣れているからもう大丈夫」とおっしゃったのには驚いた。13時からランチに近くのホテルへ行った。そちらで約1時間半時間があり、プールサイドの椅子でお昼寝する人、シルバーのアクセサリーがイカ空港より安いとお買い物する人、それぞれ楽しまれた。午後はイカ市内観光へバスを出してくれた。博物館で土器や服飾、ミイラを見学。左の砂漠のオアシスの街へ行った。地下水があるから砂漠に広がる農場があるとは思うが、やはり砂漠に池があるのは不思議な光景だ。イカ空港に戻り、コンドルの「PEPEちゃん」と遊んだり、一休みしていたら、リマへの飛行機が出ると言われた。今回はまったく長い待ち時間もなくスムーズで完璧!空港税6ドル払って爆睡フライトは17時過ぎにはリマ空港に到着。ホテルには18時には帰って来れたのは嬉しい!これですべてのペルー観光は終了した。夜は21時半にホテル出発だ。無駄な時間も多くなるレストランでの食事をやめ、ルームサービスにしておいた。19時半のルームサービスが来る前にシャワーを浴び、パッキングもほとんど終わっていた。一人だから余裕ある時間だが、二人ならぎりぎりだったかもしれない。それだけにルームサービスにして良かったと思っている。TVで日本語放送を見たり、PCでレポート作成していたらあっと言う間に21時。トントンとノックがしてポーターさんが荷物を取りに来た。すぐにチェックアウトに出た。10分ほど、ロビーでPCをワイヤレスランに繋ぎ、掲示板に書き込みして出発の準備をした。リマの国際線は個人チェックイン。LANチリ航空はリオデジャネイロ〜サンチャゴ〜リマ〜ロス行きだ。確実に余った席にぽんぽんと一人づつ入れ込まれて終わりと皆さんへお話しておいた。しかし、リクエスト通りに全員がカップルで席がすんなり取れてしまって驚いたのはガイド0さん。「こんなことは稀ですよ・・・」最後までついている!また皆さんの搭乗券を回収して、空港税一人30.25ドル(めちゃ高い!)支払う。今回のすべての空港税は一人約52ドルとなった。お世話になったOさんにお礼を言って、日本円でチップをお支払いした。想定外のいろんな出費でドルが無くなっていたのだ。おつりはソーレスでいただいたので、持って帰るわけにはいかず、出国後にペルー珈琲を買った。それでも遅い夜中の1時半のフライトまではまだまだ時間もあった・・・
ハチドリ クモ
オウム                                  木
朝5時半に起き
プロペラ機でリマを出発 
イカ空港は田舎の平屋空港
独占しているので、言われ
るがままに動くことになる
スペインのパティオを思わせ
る中庭よりVIDEO ROOMへ
片言の日本語でナスカの
地上絵の説明を受ける 
TBSTV「世界遺産」を観る
12名乗りのセスナ機と
私の乗る6人乗りに分乗
砂漠を走るパンアメリカン
ハイウェイ
CAさんたちも大パニック!
「あったぁ〜!」「見えたぁ〜」
宇宙人が見えるぅ〜♪
ブッフェの前菜
大好きなアスパラガスも
メイン・・・取り過ぎ!
どれも美味しい!
イカの街の高級ホテルの
ガーデン・Cafeにてランチ
ロビーからの眺め
砂漠のオアシス街
こんな所に池がある
イカ空港で人気の
コンドルの「PEPEちゃん」
花びらが小さく可愛い 今夜の夕食はルームサービ
スとしたら、とても喜ばれた!





2006年01月24日(火)曇り時々晴れ、25℃
プーノ3855m〜シルスタニ4000m〜リマ50m

今朝は8時まで眠れると思っていたら、7時頃に足の先がしびれ、痛くて目が覚めた。薬を飲み、多量の水を摂取。2度寝して、8時に起きた時にはしびれはなかった。まだ先の薬の副作用が出ていたのだろう。初めてたくさん睡眠が取れて、体も気持ち軽くなった。食事をしていると、窓の外に広がるチチカカ湖に観光船が出て行くのが見えた。9時半に外へ出ると暑いくらいだった。「早くリマへ帰りたいって言うんですよ〜」と言っては笑わせていたカップル。ご主人が朝から気分悪そうで、4000mに近いシルスタニ遺跡もバス待機となった。ランチをアルパカ肉に指定したのは私だった。食べてみたらポークのようで、皆さん「癖がなく美味しい」と召し上がっていらしてほっとする。かなり早めに空港へ行った。外のお土産屋さんを冷かす人。空港内でお買い物する人・・・。席がまたバラバラになったが、調整したら、ちゃんとカップルで隣同士に。ここの空港税は3.47ドル。領収書を搭乗券の裏に貼り付けられる。ゲートは1と2だけの小さな空港。Kさんとはここでお別れだ。「これからクスコへ早いバスで約6時間で22時頃、遅いバスなら夜中2時かな?」とおっしゃっていた。楽しいガイディングで、個人的にも大変お世話になりました!大感謝!
18時過ぎに全員爆睡状態の飛行機はリマ空港へゆっくり降りて行った。空港でお出迎えのガイドOさんを見て、嬉しくて手を振った。「あ〜、リマへ帰って来たぁ〜」と後ろからも笑声がする。今日の夕食は和食「TOSHIRO‘S」だった。リマでは一番お味もいいと評判。初日に機内で本日がお誕生日の人を発見?!リマですぐにOさんにバースディ・ケーキのオーダーをしてあった。「ケーキ大丈夫ですか?」「もうレストランへ運びました・・・リマで一番美味しいと言われるケーキ屋さんに作ってもらいましたよ」と0さん。食事は酢の物、大根の煮物、天ぷら、茶碗蒸しなどと豪華で大満足の皆様。苦労を共にして来た同士でとても仲良くなっていた。そんないい時期にお誕生日をお迎えの女性。デザートが出た後、ウェートレスさんがすぐに大きな四角いケーキを持って出て来た。私が「今日お誕生日の方がいらっしゃいま〜す!○○美さ〜ん、はいっ」「うわぁ〜っ」と拍手しながら打ち合わせなしだったが「Happy Birthday♪」と大声で始まった!本人は「えぇ〜っ」と、ご本人大感激!全員で大拍手!むちゃくちゃ楽しい!不器用な私がぐちゃぐちゃに切り分けたケーキだったが、美味しく召し上がっていただき楽しく終わった。明日はナスカの地上絵見学にイカまで飛ぶ。明朝も5時半起きと早い。もう少しだ。頑張ろう!自分に気合を入れて休むことにする・・・
シュスタニ遺跡から見える
ジャガイモ畑と湖
チュルパと呼ばれるお墓
人骨?も落ちている
スイスのアルプスでよく
見かけるピンクの花
3年前にも咲いていた花
高山植物?
イモ・スープ パクチーが
入っているのがなんとも・・・
アルパカ・ステーキ
意外と美味しかった
LAN・チリ航空の子会社 フリアカ空港3825mを
出発してリマ50mへ向かう
日本食レストラン「TOSHIRO」
はりマでは最高級和食らしい
酢の物や大根の煮物に感激
リマで一番美味しいと評判の
ケーキ屋さんで作ってもらった
バースディ・ケーキに
「えぇ〜っ」と驚いている!





2006年01月23日(月)曇り時々晴れ、25℃
クスコ50mララヤ峠4335mプーノ3855m

4335mララヤ峠にて

毎朝早くて辛い・・・。今朝も5時半に起き、6時過ぎに朝食へ行った。用心はしたいが、少しお腹に入れておきたかった。7時にはプーノへ向け、ホテルを出発。前回は英語ガイドさん同行だった。通訳しなくてはいけないので、倒れるわけにいかないとプレッシャーもあったが、今回はクスコからKさんが同行して下さるので、気分的にとても楽。約2時間後のWCストップはまたあのインカ動物たちのいる所だった。可愛いラマやアルパカ、世界最高級の毛が取れると言うピクーニャ(右)もいた。毛布1枚が350万円はするようだ。日本でもM越で販売されているらしい。その後も変わらない風景の中をひたすら走るバス。雪山が近くに見え、酸素も薄くなっている4335mの峠で写真ストップ。どこからともなく、民族衣装のモデルさんたちが出て来る。ランチは途中のレストランでテーブルを借りた。もちろん、ドリンクはオーダーしてもらう約束。おにぎりはリマの和食屋さんで作ってもらったようだ。白菜の漬物もあって妙に感激!14時半前、眼下のチチカカ湖標高3800mを見て、皆さん「来たんですね〜こんな所まで!」などと声を上げる。Kさんが「見えているのはほんの一部です。琵琶湖の13倍ですから・・・」にぎょっ!ホテルは3年前と同じ半島に突き出した白い病院のような建物だった。空気は薄いはずだがクスコよりは皆さんお元気!寒くならないうちにとすぐにボートでチチカカ湖の浮島ウロス島へ繰り出した。観光客が来て喜ぶ島と逆の島があるようだ。その辺りのことは現地のガイドさんが知っているので、安心。また強風に漂って流れて行くこともあり、島の場所が変化するので、素人では尋ねていくのは難しい。3年前よりも観光地化も進み、いろんなことをして歓迎してくれた。物々交換の儀式や、熱々パンを焼いて振舞ってくれたり、別の島では小学校で子供達が「咲いたァ〜咲いたァ〜、チューリップの花がぁ〜♪」と歌ってくれた。「はとポッポ♪」にはもう忘れかけていた童謡で懐かしかった。お土産も販売している。子供達も絵を描いて売っていた。手ぶらで帰るわけにいかない・・・皆さん旅の記念にといろいろと数点購入して下さっていた。葦の島に土を持って来てジャガイモ畑が出来ていたのには驚いた。風がかなり冷たくなって来た。予定より1時間早めの朝の出発に少々不満はあったが、納得。戻ったホテルにて酸素吸入した方も多かった。食事をキャンセルした人も二人。私はまったく大丈夫だった。薬も効いているのだろう。明日はゆっくりの9時半出発。朝陽は5時半らしいが、無理して起きないことにした。どうせ雨季でどんより曇っているし、見えないだろうし・・・。
アルパカの赤ちゃん
に、ミルクをあげる
まだ誕生5日目
触ると毛が気持ちいい
餌を持って来た人に集まる
リャマとアルパカ
アルパカ顔馴染み?の
日本人ガイドのK谷さん
6000m級の山もある
峠の出店
こんな平原をプーノへ向かっ
て7時間かかって走る
高山植物? ランチはおにぎり弁当!
チチカカ湖3800m 浮島のウロス島 葦で作った船に乗る 物々交換の様子を披露
最近は島にも土を入れ畑がある ポテトの花が咲く 花で種類の違いがわかる ポテトの花ってこんなに可憐
小学校では歌で歓迎してくれた
「ぽっぽっぽ、ハトぽっぽ〜♪」

「えぇ〜っ?」と大盛り上がり
5歳くらいの女の子の塗り絵と
描いた絵を購入

とても喜んでいた
こんな葦の床?になっている
交換ではなく腐るので
積み重ねていく
ママの背中には赤ちゃんが
眠っている






2006年01月22日(日)曇り時々晴れ、23℃
クスコ3360mマチュピチュ2280mクスコ


やったぁ〜、失われた空中都市マチュピチュゥ〜、また来たよ〜♪

今朝は4時半に起きて、5時半の出発だった。4時半からレストランはOPENしていた。朝食は取らず、フラフラしながらも、絶対に元気になれると気合を入れて部屋を出た。我々以外の日本人GRPも同じ列車で真っ暗な中を出発。次の駅で前回と同じように物売りがやって来た。でも、何故か車内は盛り上がらない・・・私が元気ないからかもしれない。一人参加の男性の方がとうもろこし2つ(1ドル)、買って1つ下さった。お腹空いてきていたので、美味しくいただき、列車の朝食も半分は食べてみた。マチュピチュへのこの路線は、今月15日に豪雨で土砂崩れがあり、運休したようだ。ゆうべの大雨を見た時にはヒヤリとしていたが、大丈夫と聞いている。それなのに、途中で止まって動かなくなった!心配して待っていたら、約30分ほどして動き出し、「木が倒れていたのを撤去した」と聞いた。約4時間後、駅に到着して、すぐにミニバスへ乗り込む。ヘヤピンカーブを上り詰めた所まで、約30分。大き目の荷物を5ソルで預けて、WC0.5ソル利用。Kさんに入場券をいただき、マチュピチュへ入って行く。まずはゆっくり約15分の上り坂。ここでもう足も上がらず死にそうになる。60歳代の方も頑張っているのだからと言い聞かせて、上り詰める。顔を上げると、正面の断崖絶壁に雄大なインカの空中都市マチュピチュが広がっていた。この遺跡を発見したアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガム氏の驚きと発見の喜びを想像するのは簡単だ。誰でもこの広がる風景を前に、動きが止まる。呼吸までも止まるのだ。ワイナピチュと呼ばれる三角の山に白いシャツの人が登っているのが見える。見た目よりは楽で約1時間で登れるそうだ。皆さん興奮してシャッターを切る姿は見ていて案内する方はとても嬉しい!納得されるまで撮影時間を充分取った。私も昨年NHK「行きたい世界遺産」で第一位となったマチュピチュへまた来れたことに感謝したい。Kさんから遺跡の説明が始まった。ゆうべから気分悪い方が「この風景だけで満足だから、もう進まないで待っている」とおっしゃる。ローカル・ガイドとKさんがいるから、私も一緒にいることにした。二人で雲の間から顔を出した太陽に「暑いですね〜」と汗を拭い、日陰で居眠り。約1時間半後、大満足のお顔の皆様と合流して、出口へ。結局、2時間半はマチュピチュ見学をしたことになる。お腹もペコペコになり、ランチに山のホテルレストランへ入ったが、一旦出ると再入場は出来ないシステムになっている。中のWCは無料だからだろうか?ブッフェに並んだ皆さんをよく見ると、日焼けしている。曇ってはいたが、時々晴れ、かなりの紫外線を浴びたようだ。酷い方は左腕が時計の痕を残して真っ赤で痛々しい程。男性軍は首まで赤くなっていた。帰りのミニバスに乗って・・・ふと昨日ランチタイムに皆さんへお話していた「グッバイ・ボーイ」のことが蘇ってきた。「夏休みで許可が出ているようですから、今日はいるかもしれませんよ〜」なんて大声で叫んだ直後、「あ〜っ、いたぁ〜!」と声が上がった。見るとたくさんの赤い民族衣装を着た男の子達が5〜6人いた。その中の一人が下りの階段の所で「グッバァ〜イ」と叫んでいる。「うわっ、ホントッ」もうそれから車内は大パニック!カメラを用意して、構えている。しかし、次の同じ方向の角で、また「グッバァ〜イ、さよなぁ〜らぁ〜!」と手を振っているが、こちらはバスで動いているので、中々写真が撮れない。「うわぁ〜ダメだったぁ〜」「ぶれたぁ〜!」「また出て来るよ」大の大人が大ハシャギ!他の外人さんたちはシラ〜っとしている。きっとこの子供達の存在を知らなかったのだろう。そのうち最後のカーブでニコニコ顔でバスに乗り込んで来た。我々は拍手喝さいで迎えて、チップをあげた。4〜5回のパフォーマンスで様子がわかった外人さんもつられてチップをあげていたのも可笑しかった。これで気分悪かった方もすっかりお元気に。列車は爆睡の我々を乗せて、3時間半走り、クスコに到着。キラキラ明かりの揺れる街の夜景を見ながらバスでホテルへ戻った。ドクターからいただいた薬の影響だろうか、今日はずっと手足の指先がジンジンと痺れている。そのうちあごまで。薬を見てもらうと「やっぱりダイヤモックスだ・・・これはシビレが出るんですよ」とKさん。この薬は飲むとしたら、高地へ行く前から飲む必要がある。できれば3日くらい前からとか。具合悪くなってから処方されていたので、Kさんに言って高山病に効くという左写真の「SOROJCHI PILLS」を買って来てもらった。まだ前の薬を飲んでいたので、そのままそれは飲まずにいた。夜中にはほっぺから頭までジンジンして来た。明日からもっと高い所へ移動となる。今夜もたっぷり睡眠を取らなくは!
朝5時半にはホテルを出て、
6時発の列車で出発
 クスコ
3400mから下がって行く
途中駅でとうもろこし売りや
民芸品売りのインカ人達
お客様に買っていただいた
懐かしい素朴な味のもろこし

粒が小指の大きさ!
インカ模様のバッグや
人形を売っている
川の濁流に驚いた
15日には土砂崩れもあり、
列車は動かなかったようだ
列車からミニバスに乗り換え
てヘヤピンカーブを登る
1911年7月24日発見された
最初にゆっくり約15分ほど
登る。後は下りながらの見学
屋根の部分は焼けたり、
朽ち果てたためになく、
石壁だけが残る
これが インカ帝国
マチュピチュの住居地区
への正門(左)
ラマが見守る多くの謎を持つ
マチュピチュ遺跡
ラマと一緒に寛ぐ観光客
日曜日でペルー人もいる
水道の設備もあった
3年前に廃止になった「グッ
バイ・ボーイ」は夏休みで
公にバイトが認められ、手を
振り「グッバァ〜イ、さよなら
ぁ〜」と叫び、走る走る♪
バスの前に現れては何度も
「グッバァ〜イ、さよならぁ〜
」と叫ぶ。最後にはバスに乗
り込みチップをもらい、駅まで
お見送りして、お礼を言う
駅前の民芸品売り場の
カラフルなインカのお人形
帰りの電車内では
パフォーマンスが行われ
おやつも出る
列車は夜景もきれいなクスコ
3400mへ上って行く。
ホテルの食事
インカ・スープ(パクチー入り)
牛肉と野菜炒め、インカ米 ストロベリー・ケーキ






2006年01月21日(土)晴れ、20℃
リマ〜クスコ標高3360m

★クスコで高山病で倒れ、ドクター呼びました・・・


世界遺産の街クスコ

6時に起きて、7時半にホテルから空港へ向かう。今日はクスコへ飛ぶ日。3年前の夜のことが思い出され、ちょっと不安になる。国内線の空港税が6.05ドルに上がっていた。何故か国内線は2時間前までにチェックインして、ゲート集合が1時間前指定される。天候などのせいで飛ばない時はその前のフライトへ変更される場合もあるようだ。いつ何があってもいいように早めにゲートへ来てほしいとのこと。高地へ行くのだから納得。満席の飛行機は70分で世界遺産の街クスコに到着。すぐに降りて、ポーターを探す。全員の荷物の半券を渡し、ツアー・タッグを見てもらいピックアップをお願いする。ガイドさんはビルの中に入れないので、外で待っている。今日は歓迎の演奏がない。荷物を全部確認していただき、バスへ向かう。外では元気な笑顔の若いガイドK谷さんが待っていて下った。最後の日にわかったのだが、前回の女性のガイドK島さんのご主人だった。まっすぐホテルへ向かう。私がチェックインをしている間に、皆様にはKさんが高山病の話をして下さった。彼は血中の酸素量を測る物をお持ちだった。酸素をたくさん体内へ入れ込む呼吸法も教えて下さった。それによって、酸素量が変わったのが数字でも確認出来た。ただ、人によっては少なくても感じない人、多くても気分悪くなることももあるらしい。不安ばかりが先に立ち「気のせい」という人も多いようだ。ランチ後、市内観光へ出かけた。皆さん元気に歩いていらっしゃるが、夜になると何人かが具合悪くなるだろうと思うと心配だった。サクサイワマンでは初めてインカ人とラマを見て、1ドルで全員の方が写真撮影・・・15ドルほどにはなったはず。考えるとほんの5分程度でこの収入・・・会社勤めが嫌になりそうな収入だ。「きっと帰ったら豪邸に住んでいるわね〜」と大笑いの私たち。最後のタンボマチャイで気分が悪くなって来た。ちょうど一人バスに残った人があったので、心配して帰るような格好で、早めにバスへ戻った。その時に、血中の酸素量は70%とかなり低い数字を示していて驚く。17時半にホテルへ戻った。今夜は20時から外の民族舞踊レストランで食事だ。案の定、具合悪い人がいらしたので、不参加と連絡が入った。実は観光から帰ってからお部屋で嘔吐をしていた私。誰かお一人でも残る人がいたら、私も残れるから嬉しいなと思っていたところだった。一応、頑張って大雨の中、出発のお見送りに出た。バスが出発した瞬間、我慢できずに外の雨の中で嘔吐。そのままロビーで酸素吸入を受け、ドクターを呼んでもらうことにした。部屋へ戻ったら、気が抜けてまったく動けなくなっていた。ドクターがいらして、あのKさんと同じ酸素計で酸素量を測った。81%はあったが、「普通は90%以上だから、低い」とドクター。薬を2種類下さり、75ドルお支払いした。帰国後に保険屋さんへ連絡する予定。水はたくさん飲んでいたが、更にたくさんと言われた。T/Cを初めて○○年!初めてドクターに診てもらった・・・などと思いながらそのまま休んだ。21時半過ぎにKさんから「無事に食事から帰って来た」と連絡を受けた。少し睡眠をとったので、体が動けるようになっていた。明日の準備して、やっと顔を洗い、休んだ。ところが・・・「体調が悪い」「トイレの水が詰まった」と3件の電話で23時頃まで、動く羽目になった。しかし、ドクターを呼び薬を飲み、休んだので動けたと思っている。明日はこのクスコ3400mよりずっと低い2200mのマチュピチュ・・・行けば治ると思っている。
クスコのホテルの部屋から
の眺め
窓から見えるホテルの
パティオ
ロビーからのパティオ デザートは紫イモの・・・
屋上からの眺め 絵葉書売りの男の子 公衆電話に鍵がかけられている コリンカンチャ:太陽の神殿
サクサイワマン 大きな石で積み上げられた
城砦
野生のジャガイモの花 ケンコー
リャマと民族衣装姿の
モデルさんたち
写真を撮ると1ドル
12角の石の前で記念撮影
の観光客
アルマス広場の大聖堂 教会正面
ツーリスト・ポリスが土産
売りの子供に注意していた





2006年01月19・20日(木・金)晴れ、28℃
成田空港〜ニューヨークJFK空港〜リマ標高50m

成田空港で受付をしたのはある航空会社の素敵なCAさんのお二人だけ。他の参加者はすべて地方発のために、航空券をお持ち。受付なしで出国可能。「時間があったので来ました」と笑顔で来て下さった福岡からの新婚さん。ご主人は初海外と聞き驚く!他13名様は機内ミートとなった。今回はこのような秘境の旅だが、平均年齢は30歳代とお若い。50歳以上が4名様だけで、後は2〜40歳代まで。何と新婚さんが3組もある。アメリカの出入国カードと税関申告書を人数分x2部もらった。また、帰国の時にロスにて入国することになる。満席の飛行機で12時間半後、ニューヨークはJFK空港ターミナル1にへ到着。時差ー14時間。入国審査場で両方の人差し指の指紋と顔写真を撮られる。その時、別室へ連衡された方があって、嫌な予感。でも、すぐに開放されてホッとする。随分前にナイアガラの滝を見学に行き、歩行でカナダ側へ行き、帰る時に問題があったようだ。きっとアメリカの出入国時のスタンプなどの問題と思う。「次回はVISAを取った方がスムーズに入国出来るからね」と係員さんにアドバイスまでもらった。荷物をピックアップしてお待ちだった皆様の中で、荷物のキャスター部分が割れて抜けていた。そのまま、税関を抜ける。すぐ右の荷物カウンターにて再度荷物を預けた。破損の件を話すと通常はその場でレポートを作成してくれるはず。係員さんが破損箇所を見ている時に、他の方々のケアーをしていたら、わざとかどうかわからないが、「最終到着地か帰国後に届けて」と言われ荷物を流してしまったようだ。「しまったぁ〜、やられた!」と思ったが仕方ない。その航空会社のガムテープ付きで流してしまった瞬間を見たので、乗り継ぐLANチリ航空が保障してくれるはずがないと思った。それでも全員の方々で「うわぁ〜、すごいね〜」と見ていたので、最悪は保証人となってくださるだろうと気を取り直す。ビルを出て、横断歩道を渡り左のEVに乗り、上を走るモノレールの「AIR TRAINにて、ターミナル4へ移動した。カウンター8番のLAN航空にて、リマまでのチェクインをする。席がバラけた。まだ、7時間以上は飛行機に乗ることになるので、気が抜けない。知らん振りして、離れた席をアサインして搭乗券を渡して来るから、チェックにカウンターを右往左往・・・。何とか新婚さんを中心にカップルシートをいただき、最終的にはどうにか全員が一緒の方と並ぶようにアレンジ出来てホッとする。LANチリ航空も満席・・・今は夏休みで帰郷する人や遊びに行く人でいっぱいのペルーは、リマ経由のチリのサンチャゴ行きの飛行機。夜中に飛ぶことになるが、中々眠れない。ペルーの出入国カードと税関申告書が配布された。わからないところはないかお席を回る。ご年配の方の分はほとんど書いて差し上げるが、これも人によってはえこひいきと見える。渡航関係用紙の記載に関して一人3〜4000円お支払いしている人が見ても、それは不公平。到着したのが、20日の朝の7時前。自宅を出てから30時間後の日本は20日夜の21時だった。入国後、スーツケースをピックアップして、税関を生還を抜けて行く。温和な笑顔でガイドのOさんが迎えてくれた。バスの中でご挨拶して、チケットと出国カードは回収した。紛失すると帰国が出来なくなり大変だ。暑く、今日は珍しく湿気があり、ムッとする中を走るバスからは懐かしい町並みが見えてきた。
ホテルに到着後、皆様にはお部屋で少しお休みいただき、12時半に出発。ランチ後、市内観光の最後に天野博物館でヘトヘトになった皆様。機内から腹痛を訴えていたPOLICEの新婚の奥様は観光も夕食もキャンセルされた。長い1日(2日?)お疲れ様でした!私は夕食後にサイトのUP(ワイヤレスLANカード2時間3ドル購入ロビーでのみ受信可)と、メールチェック。明日は3400mのクスコへ飛ぶので、今夜は早めにBedへ潜り込みたい・・・。
旧日本大使館を案内する
ガイドのO森さん
正面玄関の銃弾跡を見る 新日本大使館 柵も分厚く地下も深く・・・
ランチ・レストラン
EL SENORIO DE SULCO
インカビール、ピコサワー
セビーチェ(魚介類のマリネ)
シーフード・パエリア ストロベリー・ババロア
種類豊富なとうもろこし 唐辛子・・・激辛! アイスクリーム屋さん、 真夏で満開のブーゲンビリア
恋人の海岸 モザイクのいす
向こうには島が見える
スペインのバルセロナの
グエル公園のよう
イタリア博物館
国立美術館 エッフェル設計 マリア・テレージア・イエロー
ハプスブルグ家の影響も強い
アマルス広場のカテドラルの
塔1つが見える
ペルー政庁とアマルス広場
カテドラル
フランシスコ・ピサロの遺体?
も安置されている
ペルー最古の教会
カテドラルの正面
天野博物館
旅の初めに見ると歴史が
わかりやすい
八重のブーゲンビリア
ホテルのCafe クオリヨスープはミルクが
ベースで美味しい
チキンとバター・ライス チーズケーキ

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