旅の空から
ラインライン

チェコ世界の時間

2007年01月05日(金)曇り、8℃
プラハ


カレル橋とプラハ城 朝10時半頃
ゆうべまではまったく元気だったのに、朝から気分悪く吐き気がする。
しかし、もちろん観光へ出かけ、早めに部屋へ戻り薬(風邪?)を飲み、睡眠を取った。
だんだん体力に自信を無くす・・・

夕食メインは鱒 デザートは甘いケーキ プラハ城の衛兵の交代式 カレル橋の上
スーパーマーケットのドリンク・コーナー カラフルで 楽しい♪







2006年08月27日(日)曇り、20℃
プラハ〜クトナー・ホラ(世界遺産)

すっかり昇った朝陽 プラハ城からの眺め 世界遺産クトナー・ホラ
聖バルボラ教会
聖ヤコブ教会
83mの塔
全聖人教会
40000体の遺骨の
祭壇やシャンデリアがある
入口の路上の
ドクロ
横からの全聖人教会 中央広場
素朴な田舎町







2005年12月05日(月)曇り、5℃
プラハ〜チェスキークロムロフ

粉砂糖をまぶしたような雪景色の街

お城の庭園への門より見た
大聖堂の塔
お城から覗く街並み ブルタブ河のほとりの家並み 中央広場のツリー





2005年12月04日(日)曇り、5℃
プラハ


旧市庁舎前広場のツリー 17時20分頃

市民会館
1911年建立
市民会館内左のCafe 紅茶をオーダー 火薬の塔
17時05分頃
旧市庁舎の塔と広場
17時15分頃
広場にはクリスマス・
マーケットが開かれていた
大きなクリスマスツリーと
ティーン教会
広場の大きなツリー
旧市庁舎の塔と
広場のクリスマスマーケット
夕食の前菜はコーンビーフの
ような味のパテ
HOKA FISHのフライ
「ホッケ?」と言われて大笑い
ホテルの上層階はエレベー
ターホールのクリスマス・
インテリアも素敵!











2004年 11月30日(火)曇り、7℃
プラハ〜チェスキークロムロフ〜ウィーン
8時半にプラハのホテルを出たバスは高速に乗って南へ進む。途中、世界遺産のチェスキークロムロフへ寄り、フリータイムとランチを取った。お天気もはっきりせず、寒い中でのフリータイムは、多くても喜んではいただけないだろうと1時間弱とした。その間に今回初めてのレストランなので、心配で下見に行く。広場のインフォメーションで時間をつぶし、オープンの12時過ぎに行ってみた。驚いたことに、洞窟のようなレストランで、大きなグリルの設備のあるかまどもある。うすくらいがきっと皆さんには気に入ってもらえそうでホッとする。お城もクローズしているので、20分も早めにレストランのドアを開けて「寒かったぁ〜」と、入って来る方々もあった。かまどの火が背中をやさしく暖めてくれる。外国の観光客も入って来ては中の様子を見て、驚き嬉しそうに微笑む。12時半に全員でテーブルに付くと、目の前にはナイフの刺さったプレートがある。一瞬、飾りかとも思ったが、触ってみてそれも我々の前菜の一つとわかった。ナイフの刺さった物はベーコンの塊だった。油がほとんどだが、ちょうどいい塩加減で美味しかった。その後に強力な香りがするにんにくのスープ、そしてパテ、サラダ、それからメインのミックス・グリル。お肉も一つでも大きいのに、3種類も出て来てしまって、もう目でお腹いっぱいとなった私は1口づつ味見して終わった。周りの方々も皆さんほとんど残っていた。前回の26名様のT/Cさんのレポートには「量が多す過ぎ、時間もかかって不評」と、2時間のランチ・タイムの評価をしていたのに納得。お味はいいのに、何故にあんなにたくさん食事を出してくれるのかわからない。まだ日本人のグループに慣れていないのだろう。今後はレストラン側も考えて量も数も少なくなるに違いない。霧の中を歩き、バスの駐車場まではお城の中庭を歩いた。お城は11月〜3月はクローズしているが、中庭は歩けるようになっている。やはりここに来たからには上からの素晴らしい街の景色を眺めてほしい。

ちょっと霧のかかった
チェスキー・クロムロフの街
中央広場にはクリスマス・
ツリーがあった
王宮のテラスより
本日のランチ・レストラン
広場のインフォメーションの
右脇の道を入った右手
KRCMA V SATLAVSKE
ULICI 
TEL:0420380713344
炭火焼きの釜がある
火が暖かくて嬉しい
ベーコンの塊と生野菜
入ったら、テーブルの上にあり、
最初はオブジェかPIZZAか
と思った前菜
ビーフ、ポーク、ターキーの
ミックス・グリルは目でお腹
いっぱいとなり、ほとんど残した
白いのはポテトにサワークリーム
クレープは小麦が違うので
素朴な田舎風








2004年 11月28・29日(日・月)曇り、7℃
成田空港〜プラハ


前泊のホテルの部屋からの空港の向こうに昇る朝陽6時30分頃

毎回、成田前泊にはバスを利用して成田空港へ入り、それからシャトル・バスで宿泊のホテルへ向かっている。道路状況により、横浜のベイブリッジを通ったり、東京のレインボーブリッジを通る。それ以外では海蛍を通ったこともあるが、ほとんどは渋谷、赤坂、六本木ヒルズの横、東京タワーの近くを通り、レインボーブリッジを抜け、お台場を掠め、千葉へ入って行くコースだ。いつも用事に追われて最終バスか1本前のバスになる。もうフライトに間に合う時間ではないので、ホテルに前泊の人だけが乗ることになるが、ほとんど一人で貸切状態。バスの中からのきれいな夜景を独り占めしたような気分になっていつも密かな楽しみとなっている。今回もその夜景を写真撮影してみた。窓には社内の明かりも写り、ぶれもあるが、左が東京タワー。右はレインボーブリッジ。
今回、成田空港にご集合は女性グループ2組の4名様。飛行機は空席が目立ち、移動してゆっくりしていただいた。ウィーンの空港には定時より30分前に到着。乗継までの少ない時間にカフェでPCを取り出した。ここは無料でワイヤレス・ランに繋ぐことが出来る。ちょうど日本の24時前だったので、チャットへお誘いした。しかし、フト顔を上げると、乗り継ぎのゲートへ行く荷物検査場が長蛇の列。慌てて、お詫びを入れて検査場へ向かった。時間もかかり、ゲート前に移動し、またPCを取り出してONにした瞬間、アナウンスが流れた。結局、チャットへは行けずに乗ることになった定時出発のプロペラ機。17時に飛び出し、17時40分にはチェコのプラハ空港に到着。あっという間のフライトで皆さん、プロペラ機だからって怖がっている時間もなかった。それでも一応水1本、チョコレートのサービスはある。このコースの1本前の時は26名様だったので、予約が取れずに遅い大型ジェット機だったようだ。ホテル到着も22時と前のコンダクターさんのレポートに記載があって気の毒に思う。人数が少ないとラッキーなことが多い。プラハの空港でもすぐに両替していただき、荷物を取り、税関を抜けるとそこにアシスタントさんとポーターさんが待っている。バスへ誘導し、乗るまでに約5〜6分。大きなグループは全員がおそろいになるまで待ち、トイレ・両替をご案内後、荷物のピックアップと時間もかかっていた。出発が18時15分。流石に夏と違ってもう真っ暗で真夜中のよう。ホテルには18時45分到着。ヨーロッパまで来て乗り継ぎで第2都市まで飛びこの時間にホテルに入れるのは早くて、こんなことでとても幸せを感じてしまう!
29日から現地集合解散の1組のご夫婦の6名様で移動して行く。溜まったマイレージを利用してフランクフルトで乗り継ぎ、20時過ぎにプラハの空港に到着。21時過ぎにホテルへお入りになったお二人にロビーでお会いしたが、感じのいい社長さんタイプ(実際大会社の社長さんだった方らしい)の方と奥様。今回も皆さん大人しい方々で落ち着いおり、いい旅行となりそう。今日は朝から少し曇っていて、陽が出たのはお昼間の少しの間だけ。4時半頃からだんだん暗くなり寒かったが、午後はチェコでは画家として一番有名なムハ(ミューシャ:1860−1939))美術館へ行ってみた。今まで絵は女性がメインなので、女性の画家さんと思っていたのは恥ずかしいと思う。一番奥の部屋で英語のVIDEOが流れていたが、これを見てから見学した方がわかりやすい。館内は撮影禁止。Shopはかなりミューシャ・グッズで充実している。日本語の案内が30コルナ(140円ほど)。ホテルまでは皆さんと町のボヘミアングラス屋さんに集合して、真面目な運転手さんのタクシーに乗せてもらって帰った。200〜300コルナだったのはラッキーだ!プラハではいつもタクシー料金がマチマチで問題がある。高くついた人、安くで済んだ人・・・同じ所から乗っても数千円の違いも出て来るのはいつも残念なことだ。左は王宮の火薬橋から右へ回り込んだお庭で、この階段の上で声をあげると違う声に聞こえる場所で、試してみると面白い。
今夜は画像UP用に、早速かみさんや熊ちゃんご推薦の縮小のソフト「縮小専用」を利用してみた!早く知りたかったが、これから大活躍しそうでとても嬉しい。今まではこの作業をすべて手作業で毎晩数時間かかっていたので、本当に楽になった。大感謝!
王宮の礼拝堂 ハプスブルグ家の肖像画
右はマリア・テレージア
王宮の東側の祭壇の
裏より
旧市庁舎
王宮からの下坂に
お土産屋さんが並ぶ
カレル橋の上は
冬でも多くの観光客がいる
王宮をカレル橋から
眺める
火薬の塔
65m
王宮近くのチェコ
レストラン「LVI DVVR」
キチンのグリルとポテト ミューシャ・博物館
120コルナ(約500円)
内部は撮影禁止
英語のVIDEOがよく
歴史的背景もわかり
観てから見学するといい








2004年 06月29日(火)晴れ時々雨、20℃
プラハ

必ず船が入るプラハ城の写真。船は工事中の対岸を隠せる。機会があったらこの船に乗ってみたい

目覚まし時計で起きた。窓から明るい日差しが差し込んでいる。フト見るとモーニング・コールの時間が過ぎていた。お話している余裕はないから、6ルームに無言電話をする。年齢的にもうお食事へ行かれている時間。2組の方が電話に出られた。朝食会場には永谷○のお茶漬けがあり、お味噌汁、オシンコもあった。今朝も9時発で、毎朝ゆっくり出来て嬉しい。ロビーには5分前集合とした。毎日争うように早くロビーにいらしている。それが危険なのも言っても理解出来ないようだ。「一番狙われるのはロビー、レストラン、街中の観光地・・・、特にチェックインやチェックアウトの時」とご案内している。プラハは治安が悪いので、5分前集合をお願いした。特に5星のホテルのロビーなど誰が悪い人かどうかもわからない。ウィーンのインペリアル・ホテルでも日本人が朝の出発を待っていて被害にあいそうになったと聞いた。日本人のいたソファーの前を歩く老紳士が新聞を落とした。それを拾ってあげようと腰を上げた日本人のバッグを、その新聞を落とした奥様が後ろから持って行こうとして見つかり「Sorry」と言って堂々と出て行ったと言う。そんな話をつい先日のスペインのPAXから聞いた。目の前で起こった事件らしい。
今日のプラハ城は我々日本人を含めて、アジア人がとても多かった。間違って他のグループに付いて行きそうな方もあって、「浮気しないで下さ〜い!」と叫ぶ。城の中にある聖ビート教会で今日はステンド・グラスを中心に写真を撮った。ミューシャのは先日撮った(5/27に下にUPされている)ので、有名な2人の女性の部分だけ。城内の見学が終わり、下に見える川へ向って小路を歩いていると、元教授が「ここが黄金の小路かね?」「あら、さっき大雨が降った可愛らしい小路ですよ」ヴィデオを撮り続けているので、耳太郎があってもまったく聞いていない様子。お帰りになってからどう編集されるのか・・・きっと勘違いのコメントが入るのだろうと心配する。カレル橋は今日も大勢の人が歩いていた。旧市庁舎までの道も同じように観光客でまっすぐ歩けないほど。最後にクリスタル屋さんでトイレストップして解散、フリータイムとする。お昼は旧市庁舎広場に12時半に集合していただきチェコレストランへご案内した。食後に夕食のための下見にご案内。中華屋さんとミューシャ・レストラン、和食屋さん。そして、市場、ヴァーツラフ広場まで行き、再解散した。私は気になる元教授へお声をかけてからホテルへ向った。途中、以前から行きたいと思ったいたパジージュスカ通りの左方向にあるユダヤ人街へ行ってみた。悲しい過去を持つユダヤ人達の教会(シナゴーク)がいくつかあるが、今では博物館になっているものが多い。ヒットラーの命により、ここからたくさんのユダヤ人が列車に乗せられて、強制収容所へ送られ、2度とここへ帰ることはなかったのだ。博物館ではここでの悲しい出来事は決して忘れてはいけないと言いたげな人々が座り込んでいた。重い空気の中で、私などが来てはいけないのかもしれないと思ってすぐに出てしまった。
ホテルまでは旧市庁舎広場から7〜8分と好立地のホテルで、リヴァー・ビュー確約。お部屋によってはお城も見える。キャッスル・ビュー確約ではないが、見える部屋、見えない部屋もあると思う。しかし、誰一人そのようなことを言ってこないのが嬉しい。
聖ビート教会のステンド・グラス
プラハ城内の聖ビート教会の
ミューシャのステンドグラスの一部分
中央にキリストがいる 黄金の小路の可愛らしい家
この後すぐに土砂降りに
旧市庁舎 1338年 旧市庁舎の天文時計前 15世紀 毎時、仕掛け時計が動き、大勢の人が集まる
旧市庁舎前広場 ハベル市場には野菜からお土産まで ヴァーツラフ広場は長さ700m、幅60m
ユダヤ人墓地 クラウス・シナゴーク
ほとんど日本人はいない
マイセル・シナゴーク
たくさんの観光客が並ぶ







2004年 06月28日(月)晴れ、20℃
プラハ

インターコンチネンタルホテルの9階の
レストランより ティーン教会が見える
21時
22時頃のプラハ城 まだまだ明るい22時のプラハ
前菜 ノールウェイ産サーモンのタルタル
しいたけとバルメザン・パンケーキの台座乗せ
仔牛のロースト 野菜のクリーム煮 
デミグラス・ソースとフライド・ポテト添え
ポートワイン漬けチェリー、
ピスタッチオのアイスクリーム添え






2004年 05月30日(日)晴れ、14〜25℃
チェスキー・クロムロフ

暖かいが2〜3時間ほど動かずにいる方々には
風が冷たいのでしっかり着込んでスケッチ

川遊びを楽しむ人々 街の広場ではお茶して人の評価をする ボートで川下りをする人たち







2004年 05月29日(土)晴れのち曇り、10〜18℃
チェスキー・クルムロフ

今日は9時にホテルを出発した。ホテルのマネージャーとフロントの方が日本の旅館のように直立して並び、お見送りをして下さったのには感動すら覚えた。そして、先生のお友達の方もお忙しい中お見送りにいらして下さった。
チェスキークルムロフまでの間にどれだけの黄色い菜の花畑を見ただろうか・・・。丘全体が真っ黄色で、陰と光で随分色の印象も変ったが、光の当たり具合では黄金色にも見えた。トイレストップを入れて、11時半過ぎに到着。いつもとは違う場所でバスは止まったので展望台を発見!皆さん、「わ〜」とそちらへ飛んでいらして、写真を撮られた。落ち着いた頃にバスだけ残して、ホテルへ向う。ホテルは街の中心の広場に面した立地条件としては最高の場所。ただ、小さいのでどこもシャワールームとなるが、2日間我慢していただこう。土曜日だったこともあり、たくさんの観光客が歩いていた。手荷物だけを置いて、お昼とそれぞれ観光やスケッチの下見に行っていただいく。私はスーツケースが届き、部屋割りを確認する。一人出遅れて、ランチへ行った。3月に来た時に目をつけていたイタリアンへ行くと、奥に先生方と3名の生徒さんがいらしてた「めっけ〜!」とジョイントして、美味しい巨大PIZZAを分けていただく。コーラと合わせて、一人60コルナ(300円弱)チップ込み!そして、プラハ城の次にチェコで大きいと言われるお城へ予約に行った。14時10分、15時半と英語のガイドツアーがあり、15時半を予約して来た。全員、14時半にロビー集合していただき、各部屋へ。お城へ行く8名様は15時再集合し、ご案内とした。一人150コルナ+10%予約手数料だったが、予約していないと入れないほどの込みよう。1回で5〜60人ほど詰め込むのには驚く。城内見学は冬期間は閉館し、夏期間限定。そのため、各部屋では「右のテーブルは・・・」などの説明を受けても、大きな外人の中にいる我々は場所によってはまったく見えない。そして、英語のガイドさんは早口で事務的にこなすだけ年代と誰がどうした・・・なんて、予備知識もないので、わけわからない。そのうち私も皆さんもそのガイドさんの顔に「異常に鼻が高い」などと興味がわいてきた。後で聞くと、外人さんでその方の顔を描いていた人がいたらしい。お城の一番の見物は「黄金の馬車」で、世界に3車しかないと言われている。「1日お姫様体験コースはないかしら?」などと言っては笑って進む。そのうち、ボヘミアン・グラスやヴェネチアン・グラスのシャンデリアと女性軍は目が爛々。もっと素敵で可愛らしかったのはマイセンのシャンデリアだった。約1時間のこのコース・・・絶対見なくてはいけなくもないなぁ〜と思って出て来た。大庭園もこの時でないと一生行けないだろうと思い、小手まりやライラック、パンジー、忘れな草などを見ながら坂道を登る。フランス様式のきれいな公園では、疲れて写真も撮らずに街へ戻った。2日目のプラハの2回のお城周辺歩きと今日のお城見学(予約もあって2度登った)で、足はパンパンで、押さえるだけでピ〜ンと痛みが走るほどだった。
夕食が始まる前にプラハへ電話した。5/26出発の時に成田空港へパスポートをお忘れの青山のおばちゃまをお出迎えした日本語を話す方は「5分前に車に乗りました。お元気です」 すぐに皆さんへお知らせして、食事が始まった。ちょうど終わった頃、ロビーへスーツケースがゴロゴロと運ばれるのを見た。その後ろからおばちゃまが入っていらした・・・「わ〜」と2人で再会のハグをしていると皆さんも集まっていらした。お元気そうでホッとする。「今さっき夕陽がきれいでしたよ〜」と余裕のお言葉。先生方と4人で一緒にレストランへ行き、お話を聞きながら、お食事もしていただいた。成田からお一人で心細かったと思うが、ちょうどお隣にプラハまでのご家族の方があり、少しそれで楽になったようだ。でも、日本からこの田舎の街へ直行する方はこのおばちゃま以外に後にも先にもないだろう。
部屋の電話から外線も繋がらず、電話はもちろんPCも繋げないので、諦めて先のお勉強をして休んだ。

聖ヨハネ教会 お城の中庭 お城内
街から眺めたお城 お城の第3の中庭 お城の第5の中庭より
お城の展望台より 左方向 中央 右方向 川が蛇行しているのがわかる
ラゼブニッキー橋より 小手まりの花も満開 夕食のメインはマス料理






2004年 05月28日(金)晴れのち曇り、10〜18℃
ミュルニック


9時15分にホテルを出発して、プラハから北へバスで約1時間のミュールニックへスケッチにやって来た。ラベ川とヴォルタバ川が合流する所にミュールニック城がある。9世紀にはスラブ人の村があった街で、ワインとお城で有名らしい。ワイン博物館もあった。高い塔を持つ街の教会はカタコンベとなっていて、久々に多くの頭蓋骨を見た。きれいな中華レストランがあったので、ランチに入ってみた。焼きそばが60コルナで270円!意外と美味しかった。ただ、陰ではスケッチには肌寒くて、かわいそうだった。先生がスケッチはいくつものハードルがあるとおっしゃていた。もちろん絵になる場所で寒くても暑くてもダメ。風があっても、雨もダメ。トイレも必要と。すべてが揃う所ってなかなかない・・・と。

広場の一角の古い建物 教会の塔と右はお城への入口 お城の中庭






2004年 05月27日(木)晴れ、10〜20℃
プラハ


ヴォルタバ河とカレル橋

ヴォルタバ河と王宮 王宮からの眺め フラッチャニの丘より王宮を望む
聖ニコラス教会 王宮の中庭にあるゴシック建築の
聖ビート教会の祭壇部分
ステンド・グラスがきれい
これはミューシャの作品
新建築のフレッド&
ジンジャー・ビル
旧市庁舎前広場の
ティーン教会と観光馬車
クレープ 98コロナ
約450円






2004年 03月14日(日)曇り、6℃
プラハ〜チェスキークロムロフ〜ウィーン

今日は26名様とホテルを8時出発し、国境を越えてオーストリーへ入る日。チェコの最後にと持って来たカセット・テープでスメタナなどの曲を流す。途中、国境前に世界遺産のチェスキー・クロムロフへ立ち寄り、フリータイムと昼食を取った。ライセンス持った現地ガイドさんがいないので、バスの中で地図をお渡しして説明をする。下車後、一緒に街の中央の広場まで行き、解散とした。まだ観光シーズンではないので、日曜日だと言うのもあり、お店はほ半分以上閉まっていて、夏のような賑わいはなかった。たぶん世界遺産に登録される前はこんな落ち着いた田舎の街だったのだろう。今日は青空がないのですっきりした写真は撮れなかった。昼はマスのグリルとポテト。美味しかったので、5月のスケッチツアーの時はおすすめしたい。その時に泊まるホテルはこの広場に面していた。どこへ行くにも5分以内の可愛らしい街で、きっと気に入ってもらえるはず。2ヵ月後に来た時、私は何をしているだろうか・・・スケッチか、お茶飲んでいるか・・・。事件があって走り回っているか・・・。しかし、5月下旬はもう観光客が多いと思う。広場もカフェ・テラスとなっている。ホテルの隣が中華屋さんで、先生も大喜びだろう。イタリアンもチェックした。カフェやレストランが多いので、食事も心配ない。それから30分後のチェコの国境ではパスポート・コントロールの係員が乗車して来て、個々のパスポートのチェック。そして、その右の建物の中で税関へご案内し、免税の手続き。その横の銀行で払い戻してもらった。そこはチェコのお金もユーロへ両替可。そして、オーストリーの国境超えとなる。左の建物へ係員がやって来て、ドアを開けてくれ、パスポートを提示し入国する。近くのトイレへご案内し、一番奥の黄色い小さな建物が両替所となっているので、必要な方は両替をしていただく。この間30分くらい。日本人のバスが並んでいると時間がかかる場所。入国が終わり、バスを走らせて、モーツアルトの曲にした。延泊の方もあったので、6名様で2パターンの帰国のため、かなり時間がかかった。オーストリー第3の都市リンツから東へ走り、トイレ・ストップ後はヨハン・シュトラウス。18時頃に雪の残るウィーンのホテル到着となった。ウィーンの前でバス内で帰国者に説明会を開いた。夜はワイン居酒屋が並ぶグリンツリングのホイリゲでの夕食で、オーストリーの名物料理ウィンナーシュニッツェルだった。ミラノでも食べる料理。ハプスブルグ家の統治都市では必ず出てくる物。ミュージシャンがいて演奏してくれる。やはり音楽の街ウィーンなので、クラッシックが多い。皆さんご存知の曲が多いので、楽しんでいただけたようだ。右のホイリゲにはアラン・ドロン、ソフィア・ローレン、レーガン元大統領、クリントン大前統領なども来ている。ホテルへ戻ったのは22時。皆さん、お疲れさま!




2004年 03月13日(土)晴れ、6℃
プラハ

今日は朝6時半に昨夜ご到着のお客様から電話が入った。熟睡していたにもかかわらず、いつものように無意識にもしっかりした声が出る「はい、ミンメイでございます!」「あの〜、今日の観光の後で〜、帰ってくるのに〜・・・」「わかりました。その件は皆様がご心配されていらっしゃると思いますので、会社から帰りの地下鉄の乗り方など書いたのをコピーして来おりますので、お配りしてご説明致します」「それと〜自由時間に〜・・・」「あの〜、私はプラハはあまり詳しくはないですから、今日いらして下さる日本人のガイドさんへ伺った方が早く的確なアドバイスをいただけると思いますが・・・」と急用ではなかったので、言ってしまった。今朝のモーニングコールは7時半だったのだから、まだ起きるつもりはなかった。自分が目が覚めているからって、どうして急用でもないのに、早くから電話してくるのか、わからない。そうなるとわざと眠そうな声で出た方が良かったのかもと思うこともある。スペインのニュースをどの局もやっていた。198人の死亡者、1400人の負傷者。マドリッドの320万人の講義デモは傘で道も何も見えないほどに人々が集っていた。スペイン全国で1100万人もいたようだ。朝食会場に盲目のまだ17歳くらいの学生さんが友達とやって来た。皆がごく自然に接しているのが印象的。誰もわざわざ立ち上がってイスを引いたりなどしない。お友達もここにテーブルがあるから、と言ってさっさと食事を取りに行った。彼は自分でイスを引き、後ろとの席の間隔を手で測り、イスに腰掛けた。先生が様子を見に来たが、声をかけただけ。これがコーヒーのポットだよ・・・などとは誰も言わない。そんなことがきっと皆が構えず疲れずいいのかもしれないと思った。そして、本当に私は目が見えることに感謝した。9時にホテルからバスでお城まで行き、後は4時間徒歩観光。ゆうべのうちに足の悪い方とは打ち合わせ済みだったが、「お城から下る坂道があんなにきついとは思わなかった」と言われた。昨日は「登るのは大変だけど、下りなら大丈夫」とおっしゃっていたが・・・私の言葉が足りなかったと反省。お城の下からタクシーを探して、先に旧市庁舎前へ行ってCafeでお茶飲んでお待ちいただいた。カレル橋を見ずしてプラハを去るのかどうかは後のフリータイムで考えるとのこと。今日のお城も橋も夏のようにたくさんの人が出ていた。スリも多発しているので、注意をし続ける。どんどん治安も悪くなっているプラハ。ここでも日本人が一番のターゲットらしい。各所で人数の把握は大変だった。そうでなくても迷子になりやすいプラハの市内徒歩観光。子供達が課外授業をしていた。皆楽しそう。「ハロ〜」と言って来る。旧市庁舎前の時計の前も多い観光客。上を見上げていると、お財布を摺られるので、ここも注意!お昼の前にボヘミアングラスを見て、食事へ。その後は夕食も無しのフリータイムとなった。旧市庁舎前広場には各国語のメニューが置いてあるレストランがある。時計塔を背にして、右側のレストランで、メニューが出ているのでわかりやすい。KFCもマックもある。イタリアンが多いのも目に付いた。それでも私は疲れていたので早めに帰り、果物と生うどんの夕食にした。明日には6名様とお別れして、8時に26名様とチェスキーへ向け出発する。国境を超えてウィーンまで走ることになるが、何と明日の夜はホイリゲ(ワイン居酒屋の夕食)が入っている。美味しいものを食べに行くならまだしも「ウィンナー・シュニッツエル」 音楽も入るが盛り上がるだろうか・・・心配。
絵画館 聖ビート教会 混雑している黄金の小路 王宮の衛兵さん
カレル橋より王宮を望む 旧市庁舎前広場 課外授業中の子供達 スメタナと博物館
仕掛け時計 旧市庁舎前 マリオネット人形 マリオネット劇場






2002年 07月10日(水)晴れ、32℃
チェスキー・クロムロフ〜ウィーン

今日も暑い1日だった。ガイドさん付きのバスに乗っての移動で今日は気分的にもとても楽。プラハから3時間で世界遺産のチェスキー・クロムロフへ。まず、お城へ上り、中世そのままのたたずまいを残す街を見下ろした。オレンジの屋根、プルタバ(モルダウ)川、教会、可愛らしい街並。約1時間歩いて、昼食。その30分後はバスへの集合となった。忙しい。2年後のスケッチ・ツアーのために、ホテルを紹介してもらった。5星の日本人を受け入れているホテルが美術館そばにあった。中世の貴族の館風で、素敵。こんな可愛らしい街なら、スケッチに最適。小さくて、危険もなさそう、迷子にもならないだろう。
その後、国境を越えて、オーストリーへ。国境は先にオランダのバスが入っていた。免税の手続き後、バスで待機。前が中々動かないので、様子を見に行った。係員がゆっくり、パスポート・チェックをしている。やっとオランダのバスが出て行った。こちらのバスはノーチェックで終了。そして、オーストリーの入国。係員が面倒臭い様子でやって来て、こちらもノーチェック。両替とWC後、出発。突然BGMはチェコのスメタナやドボルザークからヨハン・シュトラウスに変わるという、ガイドさんの演出に皆さんが喜ぶ。途中1回コーヒータイムを入れて、3時間半後、ウィーンへ入った。夕食後、近くの市民公園を散策。シューベルト、シュトラウス、ブルックナーなどの像があり、池、お花、緑のきれいな公園。クア・サロンでは20:00〜と21:30〜の2回、24ユーロでコンサートをしている。外でも充分音が漏れて、よく聞こえるので、ベンチは人気。涼しくなって来たので、ホテルへ帰って来た。今日は本当にバス移動の長い日だった。
明日はウィーンの観光して、昼食後、走り、国境を越えて、ハンガリーの首都で世界遺産のブダペストへ入る。夜はドナウ・クルーズのオプショナルへ全員で参加予定。国境でどれだけ待たされるか・・・心配。一人、少々暑がりの気短な人がいるので、気になるが、今日のうちに「明日が一番大変です。何時間待たされるか、わかりません」・・・と、予防線を張っておいた。
お城の展望所より 城より 街の小路より
川沿いのカフェと街 ヴォルタバ川より 街の小路より塔を眺める
城内の壁画 橋から見たお城 1590年以来時を刻む時計塔
中央のスヴォルノスト広場 街並み エゴン・シーレ美術館





2002年 07月09日(火)晴れ、30℃
プラハ

バロックのドレスデンから、国境を越えて、チェコの世界遺産の街プラハに入った。国境までドレスデンから1時間半、バスのラインは1台もなく、ホッとする。係員がバスに乗り込み、パスポートのチェック。その後、トイレと免税の手続き、そして、両替、免税金の返金をしてもらう。チェコの通貨はコルナ。1コルナが約¥4。トータル30分で終了。ひどい時は1時間以上かかる所。逆コースのT/Cさんからの情報をお伝えする。「ラッキーなことに、天皇皇后両陛下は午前中にポーランドへお立ちになり、プラハ城へは今日は入れますよぉ〜」 情報提供者のGRPはお城内の見学は出来なかったみたい。国境から1時間半でプラハのホテルに到着。ベンツのバスを3日間運転してくれたオリバとはここでお別れした。ゆうべFAXしたので、すでに部屋の準備は出来ていた。少しお休みいただき、プラハのバスでお城近くのレストランへ。
昼食後ガイドさんとミートして、2時の衛兵の交代式を見てから、お城へ。まず、城内の聖ヴィート教会を見学。ステンド・グラスはもちろんボヘミアン。派手な色使いに驚く。入り口から左の3枚目はグラスではなく、油絵。言われなくてわからない1枚。3国(チェコ、ハンガリー、オーストリー)を支配したハプスブルグ家の居城の教会。お城のテラスからの街の眺めは最高。お城の黄金の小道は今年の4月から入場料を取るようになった。そこの22番の家は1917年、フランツ・カフカの仕事場としても有名。下にゆっくり大きく流れるのはヴォルタバ川。そこにかかるカレル橋はヨーロッパに残る最古の石橋。階段を下り、カレル橋を渡り、新市庁舎を眺めて、旧市庁舎広場へ。ちょうど5時の仕掛け時計(天文時計)があるので、たくさんの人が集まっていた。もちろん、スリもいっぱい。ここで観光は終了。ボヘミアン・グラスや琥珀などのお店が多い、この辺りでフリータイム解散。お茶して、7時再集合で和食屋さんへ8名で行った。かなりお高いがちゃんとカリフォルニア米だったので、お米は美味しかった。皆さん、納豆、冷奴、ざるうどん、枝豆などと日本の夏には欠かせない物をオーダーされていた。2名様は昨日天皇陛下も行かれたというインターコンチのレストランへ・・・。
タクシーを呼んでいただき、300コルナでホテルへ。前回ぼられたので、心配をしていたが、今回は大丈夫だった。スリも多いこの街、今回も何事もなく終わった。
20000歩くらいは歩いただろう・・・マッサージしなくては、夜中に足がつって、飛び起きそう。
明日は朝7時45分発と早いが、ガイドさん付きのバスでウィーンへ入るので、気分的にはかなり楽。途中、世界遺産の「チェスキー・クロムロフ」でランチとフリータイムは嬉しい。
プラハ城内の聖ビート教会 教会内部:ゴシック様式 ステンドグラスはもちろん
ボヘミアン・グラス
カレル橋520m 聖ザビエルも 橋から投げられた聖人
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